子どもたちの未来のために一人ひとりのキャリアを応援したい
鬼木梨恵(おにきりえ)さん 株式会社eight 代表取締役
1977年茨城県生まれ。国家資格キャリアコンサルタント/gcdf-japanキャリアカンセラー。リクルートグループにて人材採用・育成に関する営業を経験したのち、夫の転勤に伴い2011年奈良県にて独立し、女性と子どものキャリア形成に関わる仕事を開始。
2014年に豊田市で株式会社eightを創業、翌2015年3月に法人化。。女性活躍に関わる企業研修やコンサルティング、起業塾などを手がける。3人の子どもの母。
女性活躍の推進と言われて久しい。出産後も働き続けられるようにしよう。積極的に女性をリーダーに登用しよう。様々な企業や団体で女性の活躍の場を増やす取り組みがなされている。
しかし、多くの女性が活躍の実感を持てていないことも事実だ。入試で女性の受験者を差別していたニュースや、子どもが保育園に入れず「日本死ね」と綴られたブログも記憶に新しい。働くべきか、結婚するべきか、子どもを持つべきか。進学・就職・結婚・出産・子育てと、ライフイベントの度に女性は大きな壁を感じことが多い。
鬼木利恵さんは夫の転勤に伴い、何度も住まいを移しながら3人の子どもを出産。子育てをしながら株式会社eightの代表として、たくさんの女性のキャリアを応援している。……と書くと、メディアで華々しく紹介される「模範的な理想のワーキングマザー」を想像されるかもしれない。確かにそうなのだけれど、鬼木さんの起業物語はむしろ「こうあるべき」とされている「模範」や「理想」をしなやかに問い返すことの積み重ねだった。
「起業の学校」へ
「起業・経営相談」へ
「講演・研修」へ
確かな社会の手ごたえを求めて
鬼木さんは茨城県出身。「昔から正義感が強いタイプだった」と10代の頃をふりかえる。
「中学生の時、短期留学でアメリカに行きました。のどかな田舎町で育ってきたのが、急に視野が広がったんですね。社会問題に関心を持つようになりました」。
特に環境問題に強い興味を感じた鬼木さん。大学院では開発経済を専攻した。
「ごみやCO2の排出量を減らすことに加え、経済を何とかしないことには本当に持続可能な暮らしは実現できないと思ったんです」。
統計データを集め、仮説を立ててプログラムを組み、様々な施策をシミュレーションする。環境税を数%上げるとGDPはどう変化するか…といった研究だ。自分なりの切り口で社会を分析する面白さを知ったものの、続けるうちに行き詰まりも感じるようになった。
「研究は楽しいけれど、自分のやっていることは机上の空論ではないか?というモヤモヤを感じ始めてしまって。一度、大学の外の社会を見てみようと決めました」。
周囲からはシンクタンクなど研究機関への就職を勧められた。大手企業からシステムエンジニアとしての内定も出た。しかし鬼木さんは、より「現場感」のある仕事がしたいと考えていた。
「適性検査で『法人営業』に向いていると出たこともあって、営業をやってみたくて。でも、大学院卒の女性を募集している会社はとても少なかった」。
諦めないで探した結果、東京の人材派遣会社に採用された。お客様の課題を聞き、解決に役立つ提案をして喜んでもらう。すぐに営業の仕事にのめりこんだ。
「自分の働きかけ次第で、良くも悪くもお客さんの会社の変化をダイレクトに感じられる。それが楽しくて仕方がなかったですね」。
ずっと欲しかった「現場」の手ごたえを手に入れたのも束の間、なんと入社半年で会社の方針が変更に。社長の一存で、女性は全員営業以外の部署に異動させられることになってしまった。
「なぜこんな理不尽なことをする会社を選んでしまったんだろう、とひどく自信を無くして落ち込みました」。
営業の仕事ができないのなら、と一年足らずで退職を決め、アルバイトをしながら次の職場を探した。
法人営業は私の天職
そんな中で出会った会社がリクルートだった。女性の営業職も多く、新しいことにもどんどん挑戦できる社風。採用や人事に関するサービスを売る仕事を任され、鬼木さんは水を得た魚のように働いた。
「経営課題は何だろう、業界のトレンドは何だろう。膨大な資料を見ながら夜遅くまで会社に残って研究しました。そこまでしなくても良かったのかもしれないけれど、楽しくてつい掘り下げてしまうんですね」。
鬼木さんは営業成績でも丁寧な仕事のプロセスでも高く評価され、社内で表彰されるまでになった。
「この頃には『営業は天職だ。もっと仕事をしたい』と思うようになっていました」。
仕事ができないもどかしさ
30歳を前に、仕事一筋だった鬼木さんに転機が訪れた。子どもを授かったのだ。
「それ以前にも結婚を考えなかったわけではないんですけど、私が仕事が楽しくなっていたので。妊娠を機に結婚しました」。
同時に夫が三重県へ転勤することに。仕事を続けたい鬼木さんは、名古屋支店に異動したいと上司に頼み込んだ。
「すぐに産休に入ると分かっていて、しかも名古屋に縁もゆかりもない。そんな人を受け入れるわけです。なのに、すごく良い待遇で名古屋の子会社で働けることになりました」。
勤務時間を完全フレックスタイム制にするなど、会社は様々な配慮をしてくれた。三重から特急で名古屋に通勤し、期待に応えようと必死に頑張った。
「それでも自分が思うほどには仕事がやりきれない。以前なら新しい取り組みには真っ先に手を上げていたのに『子どもが熱を出したら』と考え躊躇してしまう。会社に報いたいと思えば思うほど、できない現実との葛藤にさいなまれました」。
独身時代には当たり前にできたことが、今の自分には難しい。気づけば周りに迷惑をかけないように、失敗しないようにとばかり考えていた。
「しばらくすると妊娠した後輩たちが私のもとに『仕事を続けられるでしょうか』と相談に来るようになりました。辞めないで欲しいから、いつも『できるよ!』と励ましていたのですが、悩みは深まるばかりでした」。
後輩のためにも「仕事と家庭の両立ができる自分」でいなければ。明るく振舞う姿とは裏腹に、気持ちは沈んでいった。
そんな矢先、今度は夫が奈良県に異動することが決まった。鬼木さんは転居を機に会社を辞めることを決意。第二子を妊娠中のことだった。
「疑問を感じながら会社に居続けるのはやめよう。そして、日本中どこに行ってもできる仕事で独立しよう、と考えたんです」。
人生を変えた大学生との出会い
「共働き家庭のお母さんの中には、私と同じ悩みを抱えた人がいるはず」。鬼木さんは女性のキャリア支援を仕事にしようと決めた。
しかし奈良は女性の就業率がワースト1位の県だった。専業主婦が多く、個別相談やサロンの宣伝をしてもなかなか人は集まらない。考えた末に、知人とともに共働き世帯向けに子どもの料理教室を始めた。
「料理教室に来てくれたお母さんに、キャリア相談も…と考えていたんですが、見事に失敗。(笑)でも続けるうちに認知度が高まって、同じようなことをしたいと考えていた人たちとつながり、一緒にセミナーやイベントをするようになりました」。
鬼木さんは仲間と「奈良のママの仕事を創る会」を発足。企業から依頼された仕事を、デザイナーやライターといったスキルのあるママさんにお願いする。得意なことを生かした仕事で自信をつけてもらい、次の働き方を考えるきっかけにする。そんなキャリア支援の仕組みだ。
「創る会」の活動と並行して、個人事業主として企業から委託された仕事もした。その一つが「就活塾」のお手伝いだ。10名ほどの大学生を担当し、エントリーシートの添削や就職活動のアドバイスをした。
「学生たちと話すうちに、進路を自分で決めてこなかった子の多さに気付きました。習い事を始めた、高校を受験した、といった人生の転機で『なぜそうしたの?』と聞くと『親が決めたから』と。親が望む会社に勝手に応募されていたり、就職先を決める時も親の言いなり。本当にびっくりしました」。
鬼木さんはリクルート時代、採用を手伝っていた会社で、若い社員たちが上手くいかないことがあるとすぐに辞めてしまったことを思い出した。どんな会社に入ろうと、自分の意志で決めていなければ、仕事が長く続かないのは当然だと感じた。
「『自分のような女性のキャリアを応援したい』と思っていたのが、学生たちと出会って『子どもたちの未来のために、私は女性のキャリアを応援するんだ』と、考え方が大きく変わりました」。
子どもに必要以上に介入してしまうのは、親が自分の人生と向き合えていないから。一人ひとりが自分の軸を持てるキャリア形成を応援したい。以来、鬼木さんがずっと考えていることだ。
「就職してもいいし、しなくてもいい。子どもと一緒にいてもいいし、起業しながらパートで働いてもいい。一つだけこだわっているのは、その人の内側から湧き上がるものを大切にすること。人がいいと言うからとか、儲かりそうとか『他人の評価』ではなく、自分が夢中になれることを大切にしてほしい。そうすれば、子どもと自分の人生を混同する親にはならないし、何より仕事が自然とうまくいくと思うんです」。
軽やかにチャレンジできる社会に
2014年には夫の転職に伴い、豊田市に移り住んだ。豊田でも志を同じくする女性たちと出会い、株式会社eightを創業。企業向け研修や起業塾、採用のコンサルティングなどを手がけている。
子どもがいても、自分なりの軸でキャリアを切り開く。eightではまず社員が理念を体現できる仕組みがある。労働時間も仕事をする場所も自ら決め、任された業務を進める。人事評価の基準は「自分で立てた目標をどれだけ達成できたか」だ。とはいえ、何もかも一人で解決するということではない。
「急なお休みを他のスタッフがカバーした場合は、会社から『ナイスフォロー手当』を支給する制度もあります。私が最初の育休から復帰した時のように、仕事も子育てもと一人で抱え込んでしまうことは避けたくて。快く頼り合えることも大切ですよね」。
創業時には、鬼木さんともう一人の女性の二人で共同代表というかたちをとっていた。三人目の子どもを出産した時にも本当に助けられたという。
「経験のないことに取り組めば、必ず壁にぶつかります。でも、壁を乗り越えるための新しいアイデアも浮かぶ。挑戦することをやめないでいたいですね」。
環境が大きく変わっても、その度ごとに自分を生かす場を作ってきた鬼木さん。「子どもたちの未来のために」という確固たる信念を貫きつつ、実現するための方法は多様に変化させてきたからこそ叶えられたのだろう。
「私自身もeightという会社も、目標のための手段だと考えているので、柔軟でありたいと思っています。もちろん、家族や仲間が幸せであることが前提ですが、ここまでやってきたのだから…と過去にとらわれるよりも、常にチャレンジしていきたい。誰でも軽やかに、新しいキャリアに挑戦できる世の中は素敵ですよね」。
■ 取材・文/石黒好美(フリーライター/社会福祉士)
■ 写真/梶景子(となりのデザイン)
会報誌aile109号(2020年3月号)掲載
株式会社eight
■事業内容
【人育て部】
女性活躍に関わる企業研修
ママ向け講座
起業講座
【働く場づくり部】
女性活躍に関わる採用コンサル、採用代行業務
一時託児業務
■理念
「働く」を通してママが自分サイズで輝く場をつくる
■連絡先
〒471-0025 愛知県豊田市西町2丁目33番地1 都築ビル3階
TEL 0565-41-8871
FAX 0565-41-8872
MAIL info@8eight8.jp
https://8eight8.jp
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