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起業物語 [aile vol.105]

「“座”を編集する」というアート

小島伸吾(こじましんご)さん ヴァンキコーヒーロースター店主/「ナゴヤ面影座」作座人
1967年名古屋市生まれ。画家としての活動ののち、松岡正剛氏の主催する「イシス編集学校」に入門。コーチにあたる師範代などを歴任する。
2006年「ヴァンキコーヒーロースター」を開店。16年には名古屋市の「やっとかめ文化祭」とコラボレーションし、参加型の学びの場「ナゴヤ面影座」をスタート。名古屋と世界、経済と文化、伝統と現在のあいだに「方法」を見つける「座」を作っている。

名古屋市中川区の荒子観音寺。門前には尾張の古地図を象った不思議なデザインの看板が掲げられている。本堂へと進むと、たくさんの人に囲まれた歌人の岡井隆さんと、編集工学研究所所長の松岡正剛氏が、円空仏からジャコメッティ、信仰から短歌、エルメスから有松絞へと自在に語り合う。会場は静かな熱気に包まれ、聴衆が知的な感動に深く揺さぶられていることが伝わってくる。

2016年から始まったこの催しは「ナゴヤ面影座」。名古屋市などが主催する「やっとかめ文化祭」ともコラボレーションして開催されている。翌年には能楽師の安田登さん、宇宙物理学者の佐治晴夫先生、今年十一月には湿版光画家のエバレット・ブラウンさんを迎え、大胆、かつ洗練された場を作りだしている。

この「面影座」を企画しているのが小島伸吾さん。普段は天白区でコーヒー豆の焙煎と販売を手がける「ヴァンキコーヒーロースター」の店主だ。ジャンルを問わず多様なゲストを招き、文化人をも唸らせる催しは、この小さなお店から生み出されているのだった。

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芸術が生まれる場所

「小さいころから絵が好きで、中学生の頃には絵描きになりたいと思っていました」と小島さんは語る。今も店内に飾ってあるような、どこか象徴的な絵を描くのが好きだったという。

「だけど、アカデミックな美術の勉強をしたいとは思えなくて。石膏デッサンでも『なぜ自分がギリシャ彫刻の絵を描かなきゃいけないの?』って思っちゃって(笑)」。

高校卒業後は、通っていた絵の教室の先生の勧めで、東京に出て美術学校へ進学した。在学中から展覧会に参加するなど、小島さんは順調に画家としてのキャリアを重ねた。コンテストでも賞を獲り、イタリアのミラノで交流展を開催するまでに至った。

小島さんは、ミラノを訪れる際にスイスのチューリヒにも立ち寄ることにした。憧れていたダダイズムやシュールレアリズムの拠点として知られる「キャバレー・ヴォルテール」を見ようと考えたのだ。この経験が小島さんの人生を一変させることになる。

「それまでは、ダダやシュールの『絵』が好きだったんです。でも、ヴォルテールを見た瞬間、作品よりも『作品が生まれた店』のほうがずっとすごいなと思ったんです」。

キャバレー・ヴォルテールはドイツの文学者フーゴー・バルが開いた小さなナイトクラブだ。詩人のトリスタン・ツァラや作曲家のエリック・サティをはじめ、あらゆるアーティストが集い、日ごと詩の朗読や即興演奏など表現の実験を繰り広げていた。

「ヴォルテールは芸術が生まれるライブ会場、作品はその様子を収めたCDみたいなものだと感じて。ライブの方が絶対に熱い!と思ったら、人が集まる場所への興味が俄然高まってきたんです」。

名前に込められた思い

多様な人が新しい文化を生み出すクラブやサロンのような場所に心を奪われながらも、小島さんはその後も数年は画家として作品を作り続けていた。

「作品よりも生まれた店の方が刺激的だ、って友だちにも話していました。でも、美術関係の人には特に分かってもらえなくて。(笑)絵は売れていたし、画廊や美術館にいかに高く買ってもらうか、という世界でしたから、当然といえば当然ですよね」。

モヤモヤとした気持ちを抱えていた時、書店で手に取ったのが松岡正剛氏が編集長を務めていた雑誌「遊」だ。
「現代アートの特集記事に『作品』よりも『方法』だ、って書いてあったんです。こんなことを言う人がいるんだ!と衝撃を受けました。

自分はずっとアートをやってきたけれど絵を捨てて、やっぱり人が集まる店を持ちたい。そんな気持ちを分かってくれるのは松岡さんしかいない、って。すがる思いでしたね」。

その後、小島さんは松岡氏が2000年に開いたインターネット上の学校「イシス編集学校」に入門。氏との親交を深めていくことになる。

「『ヴァンキ(番器)』という店名も、松岡正剛さんにいただいた名前なんです。『番器』の番は、蝶番の『つがい』。両側にあるふたつの間を繋ぐもの。そして、それを容れる空っぽの器であれという意味なんです」。

この名をもらったとき、小島さんはずっと作品づくりを通して表現者になりたかった自分が、サロンに魅かれた理由を明確に感じ取ったという。

「もう『自己表現はつまらない』と気づいていたんですね。自分を表現するよりも、人やものの『間(あいだ)』にあって、編集することの方がずっと自由で、過激で、新しいんだって」。

茶室のような店をめざして

2006年、小島さんはついに名古屋市内に自分の店を持つことになる。最初は貸店舗でコーヒー豆を焼くことから始めた。
「僕にはカフェの接客はできないなと思って。本当にやりたいことはサロンだから。物販のほうが、割り切ってできると考えたんです。自分のやりたいことに店を近づけるというよりも、日々の生活を整えていくことと、サロンのための箱であるということを、割り切っていこうという気持ちが強かったですね」。

とはいえ、コーヒーのパッケージには小島さんの手による美しいデザインがあしらわれ、店中を満たす香ばしい匂いとともに気分を高揚させる。お客さんも少しずつ増え、数年後には現在の場所に新しく店を構えた。什器は可動式にして、移動させれば店内で講演会などもできるようになっている。

「日本のサロンといえば茶室。茶道にある『市中山居』という言葉をコンセプトに設計してもらいました」。

町に居ながら、山に入り込んだような気持ちになる空間。日常と非日常、主人と客の境界が曖昧になっていく。小島さんが思い描いた店はそんな場所だ。かつての日本にも、集う人々が様々な文化を起こした「講」や「座」と呼ばれる仕組みがあった。店での催しは「番器講」と名付け、名古屋ボストン美術館館長の馬場駿吉さんなどを迎えて開催した。

「本物の文化や芸術に関心がある人はたくさんいるけれど、点在していて横のネットワークがない。番器講はそんな人たちが出会う場でありたいと思っていました」。

小島さんが「やっとかめ文化祭」の関係者と知り合ったのも「番器講」に来た人がきっかけだ。番器講はその後「面影座」と名前を変え、さらに多くの人とつながりながら続いている。

番器講から「一座建立」へ

「面影座」のスタッフは小島さんが店を始めてから出会った人ばかりだ。サロンをやりたい、と殊更に打ち出したわけではないが、なぜか色々な人が集まってきたと小島さんは笑う。

「音響や記録を手伝ってくれている方も、純粋に豆を買いに来たお客さん。話しているうちに、実は舞台の仕事をやっていて…となって。

僕が画廊で個展をやったとしても、絶対に彼とは会えなかったでしょう。でも、店には思いもよらない人がふらっと訪れる。その出会いによって僕のイマジネーションも鍛えられる。店が持つ可能性を感じますね」。

小島さんは「面影座」でも「自分が何かを生み出している感じは一切ない」と言う。僅かな予算でも快く来て、素晴らしいパフォーマンスをしてくれるゲストと、支えてくれる仲間に恵まれているだけなのだと。

「自己表現は手放したけれど、世のため人のため…というわけではないんです。他者性を持つこと――他者に引き出されたほうがずっと面白い表現ができるから、人を繋げることをやっているんですよね。

だから、番(つがい)である自分を、我執にとらわれず、いつも色々なものが通りやすい状態にしておきたい」。

自分は何もしていない、と繰り返す小島さんだが、「座」の準備のためには膨大な資料を読み調べ、会場からプログラム、ゲストに渡すギフトまでとことん考え尽くし、最高の舞台を設えて人々を迎えもてなす。表に出すことはないが、その過程こそが表現を引き出す「座」を生む源泉なのだろう。

「特に意識してはいなかったんですが、今の店ができたとき『あれ?ここ、なんだかヴォルテールみたいだな』って感じたことを覚えています。

貸店舗の時と、店を建ててからでは、お客様の数は変わらないんです。(笑)でも、この箱を持ってから、『面影座』とか自分たちの活動をサポートしてくれる人はうんと増えましたね」。

■ 取材・文/石黒好美(フリーライター)
■ 写真/河内裕子(写真工房ゆう)
会報誌aile105号(2018年12月号)掲載

ヴァンキコーヒーロースター
・コーヒー豆の焙煎・販売
ナゴヤ面影座
・内外から知を集結させ、継続的に「ナゴヤ学」を構想する現代の『座』。
■連絡先
 名古屋市天白区池場4-110
 Tel: 052-825-5454
 E-mail: webmaster@vankicoffee.com

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