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起業物語[aile vol.122]

一人ひとりの「本当の気持ち」が大切にされる社会を目指して

なるかわしんごさん 絵本作家/NPO法人ひだまりの丘副理事長
大学卒業後、専門商社、その後アパレルメーカーに就職するも、組織の中で働くことに疑問と限界を感じ退職。学童保育、教育系の非営利組織でアルバイトをしながら将来を模索。24才から絵本を描き始め、2015年東海若手起業塾への参加をきっかけに絵本の力を活かした虐待予防に取り組むことを決意。2016年から「子はたからプロジェクト」始動。2017年から特定非営利活動法人ひだまりの丘理事に就任、その後副理事長となる。現在は絵本製作、イラスト制作、各種ワークショップ、虐待予防に関わる社会活動、調査研究をはじめ、様々な社会実験にも取り組む。

なるかわしんごさんを一言で表現するのは難しい。「もう面倒だから一応絵本作家って名乗ってますけど(笑)」とご本人は笑うが、その活動範囲は多岐に渡る。
絵本制作を軸にしながらも、商業イラストやキャラクターデザインも手掛ける。ある時はワークショップのファシリテーターとして子どものまっすぐな表現を引き出し、またある時は被災地に出向き現地の声にじっと耳を傾ける。福祉などの専門家との研究チームをつくって児童虐待予防についての調査研究を行い、自治体との連携を通じてセリフのない絵本を子育て家庭に届ける取り組みも行っている。さらには猟銃免許を取得して、今年は新たに畑も借り、農業や食を通じた新たな社会実験にも取り組もうとしている。

とはいえ、それらはすべてなるかわさんの中でつながっている。「誰もが自分自身を大切に生きていくことができる社会にしたい。小さな違和感もお互いに大切にしあえる社会にしたい」。
なるかわさん自身も社会に違和感を持ち、行き場のない怒りや悲しみに進む道を見失いかけたこともある。「ずっと蓋をしていた本当の自分の気持ちに向き合ったとき、自分が何を願っていたのか、何を見て何を創り出したいかがようやくわかってきたんだと思います」。

 

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違和感を言葉にできなかった日々

「いつまで続けられるかな」。それがなるかわさんの社会人としてのスタートだった。10代の頃から社会のあり方、社会から求められる働き方に違和感を感じつつも、大学卒業後は建築系の専門商社に就職。仕事はハードで会社に寝泊まりすることも珍しくなかったという。上司や同僚など、周りの人には恵まれていたし、営業としての成果も上げていた。それでも11ヵ月で退職した。「なんか、ボーナスをもらってから辞めるのがダサいなって。今思えばもらっておけばよかったんですけど(笑)」。少し立ち止まって考える時間を確保するための退職だった。「でも、家族から急に心配されるようになってしまって。なんかしてあげなきゃ、支援しなきゃみたいな関りが負担で、日中はほとんど出かけて山に登ってましたね」。

自分にとって大切なものはなんだろう。なるかわさんの脳裏にそのとき浮かんだのは、幼い頃母親から絵本を読んでもらっていた風景だった。
その後貯金が尽きるタイミングで第二新卒の就職支援プログラムへの参加を経て、アパレルメーカーに再就職。ただ、そこで目にしたのも大幅な値下げを見越して安価に大量生産される洋服と、それを世に送り出すために働きながら疲弊していく人たちの姿だった。
もう既存の組織では働けない。純粋に自分が興味を持てる分野で働こう。アルバイトでも構わない。教育の分野に関心のあったなるかわさんは、学童保育所や教育系の非営利組織でアルバイトをしながら、あてもなく絵本を制作する日々が始まった。子どもの頃から美術は得意で表彰されたこともある。「それでも当時はそれで起業するなんて思いもしませんでした」。

同時に社会への問題意識を共有できる人が周りに増えたとも感じていた。ある日、この社会の中で子どもや若者を取り巻く状況についての怒りや疑問を思わず口にしたところ、東海若手起業塾へのエントリーを勧められた。東海地域で社会課題に取り組む若手起業家を支援するプログラムだ。「エントリーシートはもう気持ちだけで埋めるっていう感じで(笑)。すでに起業している方も多く参加するプログラムだったので、ビジネスモデルも実績もなにもない自分が通るわけないと思っていました」。が、予想に反して特別研究員という枠で参加できることに。「なにがやりたいのか」「どんな課題を解決したいのか」と繰り返される問いの中で、いつしかなるかわさんが自分自身の生い立ちと向き合うこととなった。

訪れた転機

「とにかく社会に対して怒りがあって。自分が何に怒っているのかを辿っていくと、自分自身が虐待を受けていたことに気がつきました」。傍から見れば普通の家庭に見えただろうとなるかわさんは振り返る。「でも、泣かない男、強い男にするために鍛えるってずっと言われていて、突然包丁を向けられたり、身の危険を感じる行為をされていました。病院に連れて行ってもらえないネグレクト行為もありましたし、何よりそういう状況が“嫌だ”と言うことを一切許されなかった。自分の気持ちに嘘をついて、嫌いなものを好きだと言い、これでいいよと言わなければ成立しない家庭でした」。

苦しいときに苦しいと言えなかった。助けてほしいけれど、誰かに助けてもらうことを期待して裏切られることが怖かった。そんな想いと向き合いながら、自分自身のテーマを虐待予防だと定めることができた。ビジネスモデルも具体的な商品サービスもまだなかったからこそ、虐待のメカニズムに関わる論文を片っ端から読み漁り、多くの人に会いに行った。
「すぐにできるワークショップを何回か開催してお茶を濁すこともできたけど、それはしたくなかった。自分の実績のために参加してくれる人を利用してしまうようで。被虐待児とか不登校児とか、カテゴライズをした瞬間になにか本質からずれていく気がします。もちろん社会保障は大事だし、世の中の支援を一概にダメというつもりもないんですけど、社会問題って一体誰がつくってるんだ?という想いはあります。困っていたり苦しんでいる人を閉じ込めてしまうような言葉をもっと散らしていく必要があるんじゃないかなって。結局、n=1をずっと繰り返しているような気もしています」。

絵本作家として虐待予防に取り組む

大学との共同研究や、東海若手起業塾のメンターだったNPO法人ケアセンターやわらぎの石川治江氏との共同で絵本を開発し、ワークショップとともに提供する「子はたからプロジェクト」などを通して、なるかわさんは少しずつ想いを形にすることができた。自身のお子さんが生まれたときの気持ちを絵本にした「きみがうまれたひ」は、この秋から書店での流通もはじまる。また名古屋にある幅広い子育て支援を行うNPO法人ひだまりの丘の副理事長として子育て支援に関わる様々な事業や法人運営にも携わっている。

「自分自身、いろんなことを器用にやれるタイプではなくて、もう今後毎朝9時に決まった場所に出勤してとか、細かい作業をミスなくやるとか、そういうことはできないだろうなと思っています。でも集中するときはぐっと集中するし、垣根を越えていろんな人に会いにいけるフットワークはある。思えば昔から、子どもと動物と路上生活の方とはうまくコミュニケーションが取れたんです(笑)。できないこともある自分をきちんと出すようになったら、そういう自分でもいいと言ってくれる人が周りに増えたなと思います」。

中でも恩人とも言える石川治江氏には、いまだに叱られるという。「以前“わたしが信じているあなたを、なぜあなた自身が信じないのか。自分を過小評価するな”ってきつく叱られたことがあって。幸せなことですよね、絶対に裏切ることができない愛だと思いました。いまだにそういう無償の愛のようなものをうまく受け取ることができない自分もいるんですが、そこはこれからの伸びしろかなと思います」。

目の前の一人のために社会実験を重ねたい

なるかわさんが新しく始めた取り組みは、愛知県長久手市の一角で畑を借りたことだ。「事業と呼ぶにはまだちょっと恐ろしいんで、社会実験と呼んでます(笑)。虐待に関する調査をやってみて、お話を聴かせてもらった人のうち、半数以上が相談する意思がなかったことがわかりました。世の中にはいろんな相談窓口や支援センターができているけれど、それだけじゃやっぱり駄目なんだと。相談とか支援とは全く関係のない第三者や第三の場所が必要だと思ったんです」。
なるかわさんがやりたいことをやっていたら誰かがやってきて草取りを手伝ってくれる。一人では食べきれない野菜をみんなで分かち合って、なんとなく一緒に食べるそんな場所。誰にも勝手にカテゴライズされず、勝手に心配されず、勝手に支援されない、でも、誰かに出会うことができ、自分ができることで「やること」が生まれる場所。

「自分が感じたことをそのまま出せないというのは誰にとっても苦しすぎる。おかしいなと感じた違和感をきちんと表現できて、正しさや正解に否定されることがない世の中にしていきたい。違和感を大事にできる社会を文化としてつくらないと。もっとみんなぶっちゃけて、一人で頑張らなくていいと思える社会。自分自身も、助けてもらえなかったときにより傷つくことを避けるために、助けそのものを拒絶していた時期があった。でもそれだと永遠に頑張り続けないといけないですよね」。

「本当に助け合うって、決して綺麗ごとじゃない」となるかわさんは語る。面倒なことも揉めごともうまくいかないこともすべて含みこんで、自分が自分でいられる場所、支援やエネルギーの循環の新たなしくみをつくりたいと考えている。
「自分が何屋さんなのかは、その都度相手がわかりやすい肩書をつかっていけばいいかな」と笑うなるかわさん。目の前にいるひとり一人との関係性を熱源に、まだまだその活躍のフィールドは広がっていくのだろう。
「あの日言えなかった大切な気持ち」を少しずつ、丁寧に昇華させながら。

■ 取材/久野美奈子(起業支援ネット代表)・石黒好美(フリーライター/社会福祉士)
■ 文/久野美奈子
■ 写真/梶景子(となりのデザイン)
会報誌aile122号(2023年9月号)掲載

■絵本作家としての取り組み
絵本・イラスト・ワークショップ
https://narukawa-shingo.work/
■子はたからプロジェクト(児童虐待予防推進事業)
http://www.kowatakara.com/
■連絡先
特定非営利活動法人ひだまりの丘
〒453-0856 名古屋市中村区並木1丁目113 セジューネトーシ2A号室
TEL 052-796-2050

 

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