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起業物語[aile vol.120]

自分を生きる ともに生きる~命をひらく対話を教育の場に

若杉逸平(わかすぎ いっぺい)さん 一般社団法人ひらけエデュケーション 代表理事(共同代表)/ひらけごま。代表
2000年から18年間名古屋市立の高校で教諭として勤務し、2018年3月に早期退職。個人事業としてひらけごま。開業。その後仲間と共に一般社団法人ひらけエデュケーションを設立し、学校の先生たちの気持ちやこころが“ひらく”、学校が子どもたちや地域にもっと“ひらく”きっかけを提供する活動をしている。特にファシリテーターとして、現在までにオンラインも含めて100をこえる学校教育イベントにおいて対話の場をつくっている。

若杉逸平さんは、2018年4月1日の朝、目覚めたときのことをよく覚えているという。
「あ、生きてるって思いました」。
前日の3月31日、18年間務めた公立高校の教員を早期退職。自分自身でとことん考え、決断したことではあったが、明確な先の見通しがあったわけではなく「辞めたら世界が終わる」と感じている自分もいたのだという。

若杉さんは、現在、一般社団法人ひらけエデュケーションの代表理事として、また個人事業「ひらけごま。」の代表として、学校現場に対話を生み出す実践を重ねている。

「語り合い(対話を通して、新たな気づきを得ることや学びを深める機会を)」「つながり合い(多様な他者との交流を通して、新たな価値を得る機会を)」「学び合い(多彩な学びの場を通して、教育現場が様々な知見を得る機会を)」をコンセプトに、ワークショップや研修、対話の場づくりなどの形で教員をはじめとして学校教育に関わる人々に広くひらかれた活動は、まだ日本でも珍しい取り組みだと言えるだろう。

教員時代も充実した日々を過ごし、教員を「天職」だと感じたこともあったという若杉さん。
収入の面でも安定している職を離れて起業をした若杉さんに対しては、活動の大切さには共感するものの本当にそれで食べていけるのかと心配する声も多かったという。
「それはそうですよね。自分でもそう思っていたので(笑)。でも起業から5年経った今も、何とか生きています。たくさんのつながりに支えられているなと日々感じています」。
そう語る若杉さんの表情はとても穏やかだ。

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「天職」だった教員、訪れた転機

若杉さんは工業大学で建築を専攻。学生時代に塾でアルバイトをするなど教育に関心がないわけではなかったが、漠然と将来は建築関係の仕事をするのだろうなと考えていたのだという。
ただ、そろそろ就職活動をという時期にゼミの教官からこんな声がかかった。
「名古屋市立の高校で建築の教員を募集している。挑戦してみないか?」

そんな進路もあるのかと驚いたという若杉さんだが、挑戦してみたいという気持ちが生まれた。
大慌てで教職課程を履修しながら採用試験にチャレンジし、工業高校の教員として勤務することが決まった。
教員時代を振り返ると「とにかく楽しかった。生徒と一緒に何かをするのは好きでしたし、教員として定年まで働くということを疑ったことはありませんでした」。20代は無我夢中で目の前のことに取り組みながら、充実した日々を送っていたのだという。
しかし、30代に入り、ふと自分を見失う感覚に襲われた。もともと、若杉さんが担当する教科は専門性が高く、名古屋市立で建築を教える高校は1校しかない。転勤することもなく、今思えば、新しい経験に出会う機会が極端に少なかったのだと振り返る。
「当時は学校外の研修に参加するという発想もなかったですし、そんなつもりはなくても、だんだんマンネリ化してしまっていたのかもしれません」。

日々の業務に懸命取り組んでいたことは間違いない。けれど、その時、本当に生徒一人ひとりと向き合うことができていたのだろうかと若杉さんは振り返る。そんなある日、教員の友人から声を掛けられた。「若杉さんはなんのために先生をやっているんですか?」

「その問いに対して、初めは戸惑いました。でも、思い当たるところがない訳ではなかった。大きな視点で考えると方向性がぼやけていたし、“こなす”ようになっていた」。
友人からの問いをきっかけに、若杉さんは積極的に学校外の様々な勉強会に出席するようになった。「このままではいけない、改めて教育とはなにか、どうあるべきなのかを学びたいと思ったんです」。

興味のある講演会やセミナーがあれば、時には東京や大阪にも足を運んだ。
すると新たな情報や知見とともに、今まで出会わなかった人々ともつながるようになり、それが刺激となって若杉さんの中でも変化が起こり始めた。
「こんな考え方もあるんだとか、そういえば自分もそんな風に思っていたなとか。教育の中で自分が大事にしたいことは、一人ひとりが自分らしくありのままでいられることだったんだなという気づきもありました」。
もう一度自分なりに生徒たちとの向き合い方を見直し、授業や部活に取り組むようになった。
同時に若杉さん自身が教員同士の勉強会を主催するようにもなり、学びを深めていった。
「学ぶ中で、子どもたちのことを考えて、行動を起こしている人たちがたくさんいることを知りました。一方で、教員が学ぶ場所やエンパワメントされる機会はとても少ないとも感じました。教育に携わる人同士がお互いにサポートし合う、エンパワメントし合う、そんなことを仕事にできたらいいなと少しずつ思い始めました」。

とはいえ、それで本当にやっていけるのか。まだ幼い子どももいる中で生活できる収入は確保できるのか。その答えは見つからず、2年ほど悩み続ける日々が続いたという。
「でも最終的には“もし明日死ぬとしたら、本当にやりたいことをやって死にたい”と思ったんですよね」と若杉さんは笑う。
妻もずっと悩みもがいていた若杉さんを見ていただけに、最後は背中を押してくれた。

起業して改めて感じた居場所とつながりの大切さ

そして若杉さんは2018年3月に18年間務めた高校を退職。個人事業主として独立することにした。
しかし、最初から仕事があったわけではない。
教員時代に出会っていたご縁をもとに、教育・子育て支援・子ども支援・国際協力などに携わるNPO関係者に会いに行き、また紹介で人と会う。そんな日々を過ごしながら「だったら若杉さん、これ手伝ってよ」と声のかかった仕事を請けていく。そんな日々が始まった。

「最初はすべてが不安でした。そんなとき、複数の人から起業の学校を勧められだんです。今の若杉さんなら起業の学校じゃないのって」。
信頼できる人の勧めには乗ってみようと思い、起業の学校に14期生として入学、起業を志す仲間たちとも出会った。
「起業の学校は、自分の所属するコミュニティがあるという意味でもありがたい存在でした」。

名古屋市内のNPOで週3日学習支援を担当する職員として働きながら、これからの事業を構築していく日々。
「当時は、予定がなにも入っていなくて家でポツンとしていることもあったから、とにかくそこに行けば誰かと話せる、自分が所属していると感じられる居場所があることの大切さを痛感しました。そして、そういう居場所やつながりが決して“当たり前”のものではないのだとも」。

それでも若杉さんは一つずつ丁寧に出会いを紡いでいった。子ども一人一人が尊重され、主体的・協働的に学ぶイエナプラン教育を公立小学校に導入する取組みとの協働など、活動の分野は年々広がっていった。現在は教育大学での非常勤講師も勤めながら、教員向けの研修、キャリア教育、教員同士の対話の場づくりや各種ワークショップの開催など、多忙な日々を過ごしている。

「起業してから、本当にたくさんの人たちに出会って、仕事もさせてもらって。子どもを支える取り組みが学校以外にもこんなにも広がっていることを改めて知る機会となりました」。
それでも、やはり若杉さんのメインフィールドは「学校」だと考えているという。
「最近、少しずつ学校と一緒に何かをやるという機会も増えてきました。
もちろん学校との協働はいろんなことがあるし、歓迎されていない雰囲気の中に入っていくこともあるんですが、現場が学校なら、全然平気なんです(笑)。
学校でだったら、何が起こっても受けとめられるし、自分らしくいられるのだと思います。これからも公教育との連携や協働を大切にしていきたい」。

自分の存在を大切にすることで本来の力が発揮できる学びの循環を

一人ひとりがお互いのありのままを認め合い、無理なく「ともに生きる」ことができる社会に向けて、「自分の存在を大切にできる」人を増やしていくことが大切だと若杉さんは考えている。

「昔はそう言いながらも、やっぱりどこかでその言葉を信じ切れていない自分もいました。でも今は“自分は自分のままでいい”という言葉も心の底から言えるかな」。

自分に嘘をつくことなく生きる。ご縁やつながりを大切にする。言葉にすればシンプルだが、その実践の難しさを感じている人は多いだろう。けれど、若杉さんの道のりを見ると、肩肘はらずに誠実に日々を積み重ねていけば、決して不可能ではないと感じさせてくれる。

若杉さんのご両親は、自営で寿司店を営んでいらっしゃるそう。
「自分は両親の“無理して継がなくていい”という言葉を真に受けてこんな道を歩んでしまっているんですけど(笑)、今、ワークショップで店の座敷を使うこともあって、これからその場所を人と人が交流するスペースに変えていくことも考えていこうかと思っています。親も喜んでくれていました」。

「起業したことに悔いは一切ない」と言い切った若杉さん。出会い、学び、対話することで自分自身をひらいてきた若杉さんだからこそ見える景色があるに違いない。

まだ若杉さん自身も出会っていない若杉さんが未来で待っている。
自分がまだ見ぬ自分に出会うとき、社会はほんの少し、願う方向に変わっているのかもしれない。

■ 取材/久野美奈子(起業支援ネット代表)
■ 文/久野美奈子
■ 写真/梶景子(となりのデザイン)
会報誌aile120号(2023年3月号)掲載

一般社団法人ひらけエデュケーション
個人事業 ひらけごま。
■事業内容
1) 学校づくりサポート(教職員研修・学習環境づくりのサポート)
2) 先生のプラットフォーム(先生のワークショップ・オンライン対話・懇談会)
3) 教育イベント
4)その他学校や教育に関わる各種事業
■理念
◆一般社団法人ひらけエデュケーション
教育環境づくりを通してこれからの社会をデザインする
◆個人事業 ひらけごま。
大人も子どもも、自分の存在を大切にできる学びの環境がある社会をつくる
■連絡先
〒460-0002 名古屋市中区丸の内三丁目16-11-904
◆一般社団法人ひらけエデュケーション
https://hirake-edu.com/index.html
◆個人事業 ひらけごま。
https://peraichi.com/landing_pages/view/hirakegomagoma/

 

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