どんな出来事も誰かを支えるための経験になる
~すべての女性が自分らしく笑顔で暮らせるまちづくりに向けて
田口さおり(たぐち さおり)さん 一般社団法人ママライフデザイン研究所 代表理事
正看護師、日本心理学会認定心理士。地元総合病院での勤務を経て、夫転勤に伴い札幌に転居し再び総合病院勤務するも、体調不良により離職。その後再び夫転勤のため松江市にて子育てをする中、地域の母親達と子育て支援サークルを立ち上げ、キャリアを活かした学び合いの託児付き講座を企画運営。3年程運営するも再び夫の転勤の為北名古屋市へ転居。地域全体で繋がりの機会を育むことが、母親の子育てや働き方を支援することにも繋がると感じ、2015年よりママ達の暮らし・生き方が豊かになるヒト・コト・モノの繋がる展覧会をコンセプトにしたイベント「ママライフエキスポ」を開催。2020年法人化。
一般社団法人ママライフデザイン研究所の取り組みは、多岐に渡る。2015年の任意団体時代から取り組んでいる「ママライフエキスポ」は、子育てしながら自己実現を目指すママ達が作品販売等を行うマルシェスタイルのイベント。女性たちの活躍を発信する場であると同時に、来場された方にとっては多様なライフスタイルを知り、自分らしく生きるヒントを見つける機会でもある。多様な市民が出会い繋がるまちづくりという側面もある。
また、一歩を踏み出そうとする女性を応援する起業講座や、広報・ブランディングの側面から支援する魅せ方講座、各種媒体のデザイン支援や空間プロデュース支援、2021年からは女性の孤立を防ぎ、女性の心と身体に寄り添う女性相談の事業も展開している。デザインや魅せ方にもこだわって展開される事業は、どれも華やかでおしゃれで魅力的。同時にすべての事業の中に「あなたは一人ではないよ」というメッセージが込められているようにも感じる。
代表理事の田口さおりさん自身も女性として生きる中での多くの困難に直面してきた。ヤングケアラー、性暴力の被害、若年性更年期障害による体調不良…。「女性であるということでいろいろな理不尽も経験して、こんな世の中いつまで続けるんだろうって思ったんですよね。それが自分の原動力かな。この現状を変えていくには、女性同士が手を結びあってやっていくしか方法がないと思うんです」と田口さんは語る。
女性をつなぎ、地域を結ぶ。そんな取り組みを続ける田口さんの歩みを聞いた。
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看護師を目指して生き抜いた日々
幼いころから看護師を目指していたという田口さん。
「誰かが倒れていたら助けられる人になりたいなと。小学生の頃から新聞に看護師の記事が載っていたら切り抜いてスクラップしているような子どもでした」。
ただ、母親に看護師になることを反対されていたこともあり、高校時代に塾に通うための費用も内緒でアルバイトをして稼ぎ、誰にも相談せずに一人で調べ、計画を立て、実行してきたのだという。
「母は心身ともに不安定で命にかかわるようなこともあったんです。自分は小さい頃から母の話を聞き、ケアをする役回りだったので、早く自立するしかないと思っていました」。
では、周りに相談できる大人はいなかったのだろうか。
「実は私は性暴力の被害を人生の中で何回も経験しています。その中(加害者)には学校の先生や塾の先生もいて、基本的に大人は信頼できないと思っていたし、友人にも誰にも話すことはありませんでした」。
そんな過酷な日々の支えになったのは、なんとしても看護師になるんだという夢。
「それがあったから生きられた。本当にそれだけが支えでした」。
夢を叶え、地元総合病院の看護師として勤務をはじめ、仕事にはやりがいを感じていた。
ただ、実家は田口さんにとって相変わらず心身が休まる環境ではなく、病院内でのハラスメントも経験した。
そんな田口さんの転機となるのが、生涯のパートナーとなる夫との出会いだった。
「もう本当に運命の出会いというか、初めて会ったときに、あ、この人と結婚するんだなと確信しました。親友に出会った感覚で、これまであったことすべてを受け止めてくれたんです。人生が変わったと思います」。
その後、夫の転勤のため札幌に転居し、企業系の総合病院に就職。終末期の患者さんも多く担当する中で、看護と死を改めて考えたいと働きながら改めて大学で心理学を学んだり、エンゼルメイク(ケアの一環として亡くなった方に行う化粧)を本格的に学ぶため東京のメイクアップスクールを受講したりと看護技術に加えて、人生を支える様々なアプローチを身につけていった。
「エンゼルメイクは終末期の患者さんから生前にお願いされることが多くて。最期が穏やかなお顔になることで、ご家族へのグリーフケア(死別による悲しみに寄り添うケア)にもなればと思いました」。
それにしても仕事と両立しながら、北海道から東京のスクールに通うとは驚きだ。「ひとつ何かがあると、もっと深く知りたい、学びたい、その先にはなにがあるんだろうと思ってしまうんですよね」と田口さんは笑う。
現場での実感や経験と、理論に裏打ちされた学びを掛け合わせ、スキルアップし、現場のニーズにより丁寧に応えていくことを実践していく日々だった。ただ、難聴を発症し万全の状態で看護の仕事ができないと考えたこと、不妊治療からの妊娠が重なり離職。夫の転勤で今度は島根に転居することとなった。
目の前の一人を支えることから始まった母親支援の取り組み
島根県松江市で子育てがスタートした田口さんだったが、子育て支援センターなどを利用する中で、産後うつや苦しさを抱えた母親たちの存在を知った。
困っている母たちをなにか支えることはできないかと考え、母親支援のためのサークル活動を立ち上げた。「松江は官民ともに子育て支援はとても充実している町だったんです。だから母親支援をやりたいなと思って」。
自らも子育ての真っ最中でありながら、多様なキャリアを持つ母親たちが託児付きで学びあえる場づくりを始めた。「看護師の視点と、それからビジュアルを大切にした見せ方にはずっと関心があり学んでもいたので、そういったものを組み合わせてみたんです。いろんなキャリアを持つママたちが参加してくれて、行政をはじめいろんな方の応援をいただきながら活動していました」。
だが、3年ほど続いた活動が軌道に乗り、田口さんにも地域から様々な声がかかり始めるようになったところで、また夫の転勤が決まり、愛知に戻ってくることに。
「北名古屋市で暮らし始めたときは、また転勤もあるだろうから、もうこういう市民活動とかはやめておこうって思ってたんです」。
若年性の更年期障害を発症して、ホットフラッシュ、倦怠感などの症状もかなりひどく、身体と向き合わざるを得ない経験をしたのもこの頃。
看護師として人よりは知識がある田口さんとはいえ、本当に大変な日々だったという。
「ただ日々暮らしていく中で、いろいろと相談を受けることもあって、今までの自分の経験をなにか活かさなければならないんじゃないかとも思うようになって。ちょっとしたイベントくらいならできるかなと思い、地域のママたちと任意団体としてママライフデザイン研究所を立ち上げたんです」。
田口さんが企画したのは、雑貨・クラフト、食、美容・癒しなど小さな事業・活動に取り組む女性たちが出展する博覧会。
事業化などは特に考えることなく、あくまでも市民活動の一環だった。
ただ、田口さんがこれまで培ってきた様々な知識、経験、そしてプロ意識を活かし、どうせやるならよいものをとコンセプト、デザイン、ビジュアル、そして出展者一人ひとりに行ったインタビュー記事を発信するなどのプロセスにもこだわって丁寧に創り上げた「ママライフエキスポ2015」は600名の参加者を集め、大盛況となった。
人口8万人ほどの北名古屋市で初めてイベントを行った市民活動団体としては大成功だった。
「起業とか経営とか、当時は思いつきもしない言葉でした(笑)。ただ、出展してくださる女性たちの応援を本当にやっていくためには、自分自身も起業や経営がわかっていないといけないと思ったんです」。
田口さんのこれまで培ってきたノウハウで、例えば、商品のディスプレイの方法や情報発信の仕方はアドバイスできる。
実際、それで売り上げが上がったという声もいただいたが、本当にその方の事業が持続可能になり、よりよい商品・サービスが地域に循環するためには、いわゆるイベント屋ではダメだと感じ、起業や経営についての学びも始めた。
つながりの中で女性が支え合い輝ける社会に
それから7年、ママライフデザイン研究所は2020年に一般社団法人として法人化し、原点ともいえる「ママライフエキスポ」は2020年はコロナ禍の中でもオンラインも活用して開催、現在は月1回のミニマルシェ「暮らしツクルLABO」という、より地域に根差したイベントも行っている。
女性たちがよりスキルアップするための学びの場づくりや情報発信支援も行いながら、2020年からは孤独・孤立で不安を抱える女性が社会との絆やつながりを回復するための相談事業「地域における女性のつながりサポート事業」も展開。重層的な女性支援を行っている。
すべてが順風満帆だったわけではなく、7年間の間にも、なぜこんなことが?と思うトラブルに見舞われたことも、人と何かをやっていくことの難しさに打ちひしがれたことも一度や二度ではない。
それでも、田口さんの口から零れるのは支えてくれる周りへの感謝ばかりだ。
「完全に性善説なんですよね。小学生の頃からあんまり成長していないのかな(笑)。すべての経験が、今、特に女性相談の中では活かされていて。わたし自身、性暴力被害によるフラッシュバックはとは20年以上闘ってきて、いわゆる二次加害も経験し、心が崩壊したと思う時期もありました。
長い時間がかかったけれど、ようやくその経験を話すことができるようになって。そういう意味では生きていること自体が奇跡で、生かされた命だなと思います。
だからどんなことでもありがたい。今、苦しさの渦中にいる人が誰にも話せない、頼れない気持ちもわかるし、もしそういう人が相談先として選んでくださったなら全力で応えたい。あぁ、全部がこのためにあったのかと自分の中ではものすごく納得感のある生き方をしています」。
生きている意味を見失いそうになるほどの苦しさや恐怖、悲しさ、悔しさ…。
それらを忘れるのではなく、乗り越えるのでもなく、それも自らの人生として包み込みながら、田口さんの笑顔は、真っ暗な闇の中で旅人を導く灯台のように周囲を照らしていく。
そして、田口さんがいる場所そのものが、傷ついた人がそっと羽根を休め、そしてまたもう一度自分らしい人生へと飛び立っていくための保健室のようでもある。
「今を楽しくこれからを豊かに~自分らしく笑顔で過ごせる毎日を」。
ママライフデザイン研究所が目指す社会を表現するこの言葉に込められた思いは、深く、そしてとてもあたたかい。
■ 取材/久野美奈子(起業支援ネット代表)
■ 文/久野美奈子
■ 写真/梶景子(となりのデザイン)
会報誌aile119号(2022年12月号)掲載
一般社団法人ママライフデザイン研究所
■事業内容
1) 女性の活躍支援(起業セミナー・ライフデザイン)
2) 北名古屋を中心とした暮らしの情報発信
3) まちと暮らしと人を繋ぐイベント開催
■理念
~いまを楽しく、これからを豊かに~
学び、高めあう機会を設けることで、これからの人生を豊かに。地域と人が繋がる活動を通して、まちへの愛着心を深め、心豊かな暮らしづくりを目指します。
■連絡先
〒481-0038 北名古屋市徳重広畑51 名古屋芸術大学地域交流LABO内
メール info@mamalife-design.com 問合せフォーム https://www.mamalife-design.com/mama/request_form
https://www.mamalife-design.com/
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