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会報誌「aile」vol.87

会報aile87号(2012年12月号)

起業とは自分に向き合うプロセス ~多様性にあふれる未来づくりへの挑戦~

久保 博揮さん
一般社団法人日本ダイバーシティ推進協会 代表理事

1975年三重県四日市市生まれ。学校恐怖症で不登校の末6年間引きこもり生活を送る。
17歳で難病ベーチェット病を発症。
19歳で失明。
阪神大震災で友人を亡くしたことをきっかけに人生を再開。
21歳で名古屋盲学校に入学、25歳で京都外国語大学に入学、29歳でサンフランシスコ大学に交換留学。心理言語学、社会言語学を学ぶ。
2年間のニート生活と音楽活動を経て、2007年某通信業特例子会社に入社。ウェブサイトの運営等に従事。
2011年に退社後、日本ダイバーシティ推進協会を設立。コーチングを活用した違いを価値に変えるコミュニケーション術を「闇」を切り口に提供する様々な事業を展開中。

久保博揮さんは不思議な人だ。穏やかな語り口に耳を傾けていると、いつの間にか、こちらの心が静かに澄んでくるような気持ちになる。

両親の離婚、引きこもり、難病、失明、友人の死、そして起業。久保さんが起業に至るまでのキーワードを文字にして並べてみると、いかにも波乱万丈の人生。ただ、こうした過去やそれに伴う葛藤を語ってくださる久保さんの表情は、すでにそれらを自らの人生として引き受けた人が持つ落ち着きがあり、その言葉は未来への希望に満ちていた。

久保さんが代表理事を務める一般社団法人日本ダイバーシティ推進協会は、コミュニケーション術を学ぶ「障がい者就労支援コーチング事業」や「暗闇三昧プロジェクト事業」をはじめとして、誰もがそれぞれの個性を活かして多様な価値を創出できる社会を目指す事業に取り組んでいる。設立は2011年12月(法人登記は2012年3月)、間もなく設立から1年を迎える団体だ。久保さんが歩いてきた道のり、そしてこれからを伺った。

ひきこもり、そして失明

久保さんが学校に行くことができなくなったのは、高校生の頃。いじめがきっかけだったという。全ての人が自分を悪く言っているように感じられ、友人はおろか、家族とも会えなくなり、自室に引きこもる日々が続いた。そんな中、17歳で、原因不明の難病・ベーチェット病を発症。高熱や痛みに耐える日々が続いた。緑内障も発症し、19歳のときに完全に失明。「実は失明したときに、ちょっとほっとしたんですよ。これで誰とも目を合わせなくても済むって。かなり精神的には追いこまれていたと思います」。

そんな久保さんの転機のひとつになったのが、友人の死の知らせだった。「僕が失明したのが、阪神大震災の起こった1995年の1月だったんです。その後、中学の友人が阪神大震災で亡くなったことを知りました」。久保さんがいじめられていたとき、たった一人、久保さんをかばってくれた友だった。「勉強もできて、スポーツもできて、周りとも上手くやっていて。同級生だけど憧れの存在でした。彼の死を知ったとき、あぁ、自分はこれじゃいけない、生きなければ、と思ったんです」。引きこもりの期間は6年近くになっていた。リハビリセンターに通うことからはじめ、点字やパソコンを学んだ。そして21歳で盲学校に入学。25歳で大学に進学した。

見えない自分と向きあう

失明した当初は、「見えなくなってほっとした」と感じた久保さんだったが、外に出ていくにつれて、見えないことのもどかしさも感じるようになったという。「できなくなったことはやっぱりたくさんありました。中途失明なので、点字を読む速度も遅いし、道に迷っても“教えてください”の一言が言えなくて、同じところをぐるぐる回ったり。そういった自分のできないことをすべて“見えないせい”にしていたので、非常に生きづらい時期でした」。

その感覚が根底から覆ったのが、交換留学生として訪れたサンフランシスコでのこと。「アメリカには、人種も障がいもすごく多種多様な人がいて、視覚障害があるくらいでは目立たない(笑)。あれこれ気にしていた自分は何だったんだと思いました。よし、これはもう弾けようと思って、はっちゃけた過ごし方をしました(笑)」。その中で印象に残った出来事があるという。ある男性に大学内を校舎まで誘導してもらったとき、久保さんが何度もお礼を言うと、その男性は「君は自分に視覚障害があることで社会に迷惑をかけていると思ってお礼を言っている。君には君にしかできない方法で社会に貢献すれば、それで十分恩返しになる。それ以上お礼を言うな」と返した。

「がつんときました。今まで意識していなかったけれど、自分に視覚障害があることを一番差別していたのは自分だったかもしれない。自分にできることはもっとあるのかも、と思えるようになったんです」。

自らを活かしきる働き方を求めて

大学卒業後は、東京の某通信企業の特例子会社でWEB運営の仕事等に従事。充実した日々を送っていたが、体力の限界も感じていたという。ベーチェット病は自己免疫疾患で、症状が一通り落ち着いた後も、体質的に疲れやすくなっていた。入社3年目には、疲労で倒れ、3回も入院生活を送ることとなった。「もう少し自分に合った仕事、自分のペースでできる仕事はないかと考え始めました」。そんな悩みを抱える中、コーチングのセッションを受けたときに自分の中から出てきた答えが「地元名古屋に帰り、社会事業に従事する」というものだった。

その後、ソーシャルビジネスについてのリサーチを進め、様々なセミナーに出たり、人に会いにいく日々がはじまった。会社員生活の傍ら、NPOのボランティアスタッフも務めるようになった。驚いたことに、こうした動きをしていると、疲れは感じず、むしろ元気になっていった。自分が心からやりたいと望むことに自分のエネルギーと時間を使うことは、久保さんにとっては、自分自身の体と心を守ることでもあると気づき、ついに会社を退職。名古屋に戻り、これからの道を模索している中で、あるビジネスプランコンペに応募することとなった。「はじめは、自分のやりたいことができそうなNPOで働くことを考えていたんですが、いろいろと知識とネットワークも得たいと思って創業支援のセミナーも受講したんです。そこで事業計画をつくることになってしまって(笑)」。

ビジネスプランコンペは順調に審査を通過し、最終審査に出場する権利を得たが、「このチャンスを活かしたいと思う一方で、自分の中でブレーキにもかかっていたんです。それは、父親の記憶によるものでした」。

久保さんが幼かった頃、久保さんの父親は独立開業した。「勤め先をあまりよくない形で辞めて、独立して、挙句、失敗し借金も背負いました。そのことが、家族をめちゃくちゃにしたって自分の中では思っていて」。父親のようになりたくないという想いが久保さんの枷となっていた。そんな中で、「ふと父親はやってはいけないことを身を持って示してくれたんだ、父親がやっていないことをやればいいんだと思えたんです」。久保さんにとって、起業を決意することは、父親を受け入れることと同義だった。父親を受け入れることができたとき、自分の理念とビジョンのために自分の人生を使うことを自らに許すことができたという久保さん。ビジネスプランコンペでは無事採択され、一般社団法人日本ダイバーシティ推進協会設立にいたった。現在は、理念を共にするコアメンバーとともに、コミュニケーションに関わるイベントの企画運営やコーチング、企業研修などに取り組んでいる。

違いが価値に変換される未来

その全てのベースになっているのは「違いを価値に」という理念だ。日本ダイバーシティ推進協会で共同代表を務める肥後道子さんは、久保さんのことを「自分の価値観はしっかりもっているけれど、決して押しつけない人」と話す。

「そう思えるようになったのは、見えなくなったことが大きく影響していると思います。どうしても助けてもらわなければいけない場面があります。でも、自分にも相手のためになにかできることがあると思えると、素直に助けてもらえる。そうすると、どんどん人とつながれるようになりました」。

久保さんは音楽活動も行っている(第35回わたぼうし音楽祭でわたぼうし大賞を受賞)。目が見えた頃は、絵を描くことも好きだったという。「自分の存在を伝えたいという想いがいろいろな形になっている感じです。起業も音楽も、つきつめれば自分を表現して誰かに伝えたいということなんだと思います」と久保さん。

様々な経験、それに伴う葛藤を乗り越えて辿りついた、今、この場所。久保さんの周りには、“共感”でつながった、たくさんの仲間や応援団がいる。

「起業というのは、自分自身を最大限に活かすことができ、自分自身を最大限に大切にできる働き方の一つだと思います。起業だけでなくてもいいんですが、今働くことに苦しんでいる人たちに、自分を大切にできる働き方を届けていきたい」という久保さん。

人ならば誰もが持つ弱さ、脆さ、儚さ、できないこと。その全てを否定せず、新しいつながり方や自立の在り方を目指す久保さんの歩みは、すべてのいのちが生きる喜びと役割を感じる未来へと続いていく。

旅はまだはじまったばかりだ。

(取材・文/久野美奈子 写真/森建輔)

《事業概要》

一般社団法人日本ダイバーシティ推進協会(JDNA)

■事業内容

コミュニケーションサービス事業・ 障がい者就労支援コーチング事業・ 暗闇三昧プロジェクト事業

■事業理念

人々の多様性が価値として変換される未来の創造

■連絡先

〒453-0041 名古屋市中村区本陣通5-6-1 地域資源長屋なかむら3階
TEL:050-3631-5205
MAIL:info@j-dna.org

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