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起業物語 [aile vol.97]

笑顔になれることだけを、まっすぐに

竹内 秀喜(たけうち ひでき)さん
竹内農園
1983年、農家の長男として生まれる。
しかし「農家は格好悪い、稼げない」という思いから、大学卒業後は住宅メーカーや商社に勤務。その後、友人に誘われて行った千葉県の鴨川自然王国での農業体験をきっかけに農業の面白さに開眼。2011年から農家での研修、農業大学校で学び、2012年には起業の学校に入学。
2013年より愛知県知多市で「竹内農園」をオープン、無農薬・無化学肥料・有機栽培の野菜づくりと宅配を手がけている。

農を志す人が増えている。他の職業から新たに農業に参入する40代以下の人はここ数年増え続けており、そのほとんどが化学肥料や農薬を使わない有機農業を志向しているという。環境に配慮した農法で、身体によい食べ物を作る。都会の喧騒を離れた美しい自然の中で、家族や友人とゆっくりと過ごすことのできるライフスタイル。若くして農業を目指す人たちは、過疎化に悩む地域の担い手としても大きな期待が寄せられている。

しかし、あなたや、あなたの家族や友人が、いま勤めている会社を辞めて「これからは農業で生きていく」と言ったらどうだろうか。本当に食べて行けるの?会社は辞めなくてもいいんじゃない?お金はあるの?…と心配してしまう人が多いのではないだろうか。

愛知県知多市で無農薬・有機栽培の野菜づくりと宅配の事業を営む「竹内農園」の竹内秀喜さんも、勤めていた会社を辞めて農家をはじめた一人だ。竹内さんは農家を営む両親のもとに生まれながらも、幼い頃から「農業をやりたい」と思ったことはなかったという。竹内さんが「起業の学校」卒業時に作った事業計画書の冒頭にはこう書かれている。

子どものころは、
百姓は格好悪い!汚い!稼げない!
と思っていた。まわりのサラリーマンの家庭に憧れる。両親も私に農家にならず、サラリーマンになってほしいと考え、私に農業の手伝いなどをほとんどさせなかった。

そんな竹内さんが、なぜ専業農家を始めるに至ったのだろう。一面に広がる田畑の、実りはじめた稲穂や野菜を眺めながら、竹内さんの住む古民家へと向かった。

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海外を旅して体験した人々との交流

山間に建つ昔ながらの黒壁の建物、その間の細い坂道を登っていくと、竹藪に囲まれた竹内さん一家の住む古民家が見えてくる。かつて竹内さんの祖父母が住んでいた家を改修したのだという。「改修は友達を中心にいろんな人に集まってもらって、皆でやりました。作業の後はみんなでカレーを食べたり、鍋パーティをしたり。外にはピザ窯も作ってあるんです」。

竹内さんに会った人はみな、彼を真面目で、落ち着いた青年だと感じるだろう。ひとつひとつの質問に、ゆっくりと言葉を探しながら、静かに答えてくれる。しかし、彼の口から語られるエピソードには、彼のフットワークの軽さを感じるものも多い。

「大学生の時に通っていた英会話スクールで、社会人の人から聞いた外国の話に興味を持って。就職して忙しくなる前に、学生のうちに海外行こう、と。」大学2年の時に短期留学をしたのを皮切りに、その後は2年休学をしてあらゆる国を旅したという。オーストラリアでワーキングホリデーを経験した後、中国からアジアを横断してエジプトやイエメンへ。復学後もヨーロッパや中南米を訪れた。「大学では建築を学んでいたので、最初は建物を見ていたんですが、だんだん人と話すのが楽しくなって。アジアでも中東でも、言葉は通じなくても、みんながすごく優しくしてくれた。それがとても心に残っています」。

物静かな雰囲気ながら、臆せず人と関わっていくことを楽しむ竹内さんの原点には、世界各地の人々と、飾らずに打ち解け合った大学時代の経験があるのだろう。「僕たちがやるイベントは、主催の僕たちが全部用意して、参加者の人に楽しんでもらう、というものではないんです。準備も片付けも、来てくれた人たちが皆で一緒にお喋りしながら楽しくやる。皆で同じ作業をすることで、人と人とが自然につながってほしい。僕たちはみんなに作業を手伝ってもらえるし、来てくれた人はリフレッシュできる。お互いにいい関係になっていくのが楽しいんです」。

新しい農業との出会い

竹内さんは大学卒業後、住宅メーカーに就職した。仕事は忙しく、大工として一年で10棟以上の住宅の建築に関わり、住宅用のパネルを作る工場に配属されてからは、3週間ほど休みなく働いたこともあったという。しかし、勤め始めて2年ほどでその会社が倒産。竹内さんは転職を余儀なくされることになった。

「転職活動中に、海外を旅した時に知り合った友人から千葉県鴨川市の『鴨川自然王国』の農業体験に誘われました。」軽い気持ちで参加した竹内さんだが、そこで子どもの頃から持っていたイメージとは全く違う農業に出会った。「普段は東京で働いている人たちが、農作業のために休みの日に何時間もかけてやってくる。皆で一緒に作業をして、参加者も農家さんもみんな生き生きとして、楽しそうだったんです」。

竹内さんの農業に対する見方が変わり「いつか自分もこんなことができたら」と考え始めたのはこの時だった。しかし、両親の苦労を見てきた竹内さんが、すぐに農業の道を選ぶことはなかった。「前の会社が倒産してしまったこともあり、次は安定した職に、と思っていました」。その言葉通り、竹内さんは簿記を勉強し、ほどなくして愛知県内の商社で経理の仕事に就く。決まった日に休みが取れる職場になり、読書会や街のゴミ拾いをするNPO「グリーンバード」に参加するようになった。「ゴミ拾い自体も良かったのですが、皆でおしゃべりをしながら街を歩いて、終わった後でご飯を食べに行ったりするのが楽しかったですね」。

結婚を機に農家の道へ

このゴミ拾いの活動を通じて知り合った女性と結婚したことが、竹内さんが農家を目指す転機となった。仕事は順調だったが、30歳を目前にしてこれからの生き方を考え始めた時でもあった。「彼女も一緒にやりたいと言ってもらえたので、農業の道へ進むことを決意することができました。実家の畑や古民家もあるし、もしダメでもまた働けばいい。何とかなるさ、と思って始めました」。

そう語る竹内さんだが、就農への歩みは堅実なものだった。まずは働きながら土日だけ農家に見学や実習に。経験しながら徐々に自分のやりたい農業の姿も見えてきた。「作った野菜を、買ってくれる人に直接売りたい。」2011年に会社を退職してからは、江南市で長年有機農業を営む「なのはな畑」で研修を受けた。翌年には農業大学校で基本的な知識を学ぶとともに「起業の学校」にも入学した。

「農業を始める前に『起業の学校』に入ったのは、農家以外の視点からも自分の事業を見たいと考えたから。個人事業主として、農業を『好き』だけではなく、きちんと続けていくにはどうしたらいいだろう、と考えていました」。

入学時にはすでに自分がやりたい事業も、開業する場所も明確だった竹内さん。起業の学校ではこれまでに自身が考えてきたことを見つめなおすとともに、起業後の具体的な戦略作りに取り組んだ。「野菜の販売をはじめるにあたって、あえて『もともとの友だちを頼らない』という方針を立てられたことが本当によかった」と竹内さんは振り返る。古民家でのイベントに来てくれた人や、ゴミ拾いのNPOの仲間など、竹内さんには頼れる友人がたくさんいる。しかし、1年目は丁寧にアンケートをとるなどして、まずは「はじめまして」のお客さんから少しずつ販路を広げていくことにした。日々の農作業や、開業への想いを綴ったブログも毎日欠かさず更新した。「書いているうちに毎日ブログを読んでくれる人も出てきて、ブログで『野菜の宅配を始めます』と発表したら、その1分後に電話をかけてきてくれたんです」。

地元のカフェに置いたチラシを見て連絡をくれる人。野菜を買ってくれた人の友だち、その家族、職場の人…地道な取組みが実を結び、竹内農園の野菜の宅配を利用する人は1件、また1件と増えていった。

「おいしい」と喜ばれる野菜を届けるために

開業して4年目、それでも竹内農園の運営は思い描いていた通りのことばかりではない。「最初は注文が入ったら、お客様の欲しいときにその都度野菜をお届けしようと考えていました。でもやってみると、とても追いつかなくて…。今はお届けの曜日を決め、知多市内は僕が自分で配達をして、それ以外の地域は宅配便を利用しています」。現在、野菜の宅配を利用しているのは60件ほど。もう少しお客さんを増やしたいが、思うように増えないのも悩みだという。

「起業の学校」時代に竹内さんはいろいろな人に「有機野菜の宅配を手掛ける企業は他にもある。竹内農園はどのように差別化していくのか」と問われていたという。いま、竹内さんはそれをどのように考えているのだろうか。

「今はあえて『竹内農園ならでは』のものにこだわらなくてもいいのではないかと考えています。無理に特別なことをしても続けられないですし。竹内農園は変わった野菜を作っているわけでもないし、無農薬ということ自体にも実は特別なこだわりは無いんです。ふつうの野菜でも、よりおいしいものを作る。届けた先の人に喜んでもらえるものを作りたい、ただそれだけです」。

忙しいながらも、休みの日には趣ある古民家で家族や仲間と楽しく過ごし、少しずつでも口コミでお客さんがお客さんを紹介してくれる。新しい生き方を求めて農を志す人にとって、竹内さんの現在の暮らしは理想的だと感じられるだろう。しかし、その背景には竹内さんの地道で堅実な努力の積み重ねがあった。夢や理想だけではない。かといって手堅いことだけをするのでもない。自分のやりたいことの軸はぶらさない、けれども理想を実現するための手段は状況に応じて柔軟に変えていく。そんな「当たり前」のことから逃げずに、丁寧に向き合っていくこと。それこそが竹内さんの「身の丈の起業」に他ならないのだと感じさせられる。

「自然が相手だから、毎年同じものができるとは限りません。でも、試行錯誤していると、びっくりするくらい甘くておいしいトマトができることがあるんです。その時はもう、本当にうれしいですね」。

シャイな竹内さんの顔が思わずほころんで、太陽のように大きく明るい笑顔になった瞬間だった。

■取材・文/石黒好美(フリーライター)
■写真/河内裕子(写真工房ゆう)
会報誌aile97号(2016年12月号)掲載

竹内農園
■事業内容
・有機野菜の生産・販売
■理念
 食卓に笑顔が溢れる社会に寄与する事業を目指す
■連絡先
 〒478-0021 愛知県知多市岡田字東二タ俣32
 TEL:070-5334-8318
 E-mail:takeuchifarm@gmail.com
 http://ameblo.jp/takeuchi-farm/

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