会報aile88号(2013年6月号)
共に生きる社会へ ~人と動物の共生を通じて~
NPO法人人と動物の共生センター
岐阜大学獣医学課程卒。獣医師。
岐阜大学在学時、殺処分問題解決を目的とした学生団体ドリームボックスを設立。
ポスターやリーフレットによる啓発活動、小中学校への訪問授業等、様々な活動をを実施。
卒後、社会的合意形成を支援するパブリック・ハーツ株式会社 入社。
社会教育プログラムの開発や、地域活性化イベント企画などを担当。
その後、スエモリ動物病院・千村どうぶつ病院にて、譲渡・広報を中心に業務に携わる。
2011年より人と動物の共生センターを主催し、ソーシャルビジネストライアル優秀賞受賞。
2012年、NPO法人人と動物の共生センター設立。
ドッグ&オーナーズスクールONELifeオープン。
JR岐阜駅から車で約10分。住宅街の一角にある「ドッグ&オーナーズスクール ONE Life(ワンライフ)」は、犬と飼い主が共に学ぶ学校だ。取材にお邪魔したのは、グループレッスンの最中。5組の犬と飼い主さんが指示の仕方や褒め方を学びながら実践していた。みなさん真剣で、でもとても和やかな雰囲気だ。
「ワンライフは、犬を訓練するのではなく、飼い主さんたちが犬について学ぶことで犬との信頼関係を築き、よりよい関係をつくっていくための場所なんです」と語るのは、ワンライフを運営するNPO法人・人と動物の共生センター代表の奥田順之さん。
現在日本では、年間10万頭以上の犬が保健所や動物保護団体に保護収容されている。その後新しい飼い主に譲渡される場合もあるが、その半数は殺処分されるに至っているという。こうした殺処分をはじめとする人と動物に関する社会的課題の解決を通じて、誰もが他者を思いやることのできる社会を創りたい。そんな想いで奥田さんが起業をして1年が過ぎた。
幼い日に守れなかったひとつの命
奥田さんは獣医師でもある。「獣医師で、殺処分問題に取り組むNPO法人の代表というと、ものすごく動物好きな人のように思われたりするんですが、実はそういうわけでもないんです」と奥田さん。もちろん動物が嫌いではないが、奥田さんが獣医を志し、そして今の事業に取り組むことになった原点は、幼いころの自分への後悔だという。
「4歳のころに、兄が拾ってきた捨て犬を自宅で飼うことになったんです。でも、散歩も“面倒だなぁ”と思いながら連れて行っていたし、その命を大切にできていなかったと思います」。その犬は奥田さんが中学生の時にフィラリアという寄生虫が原因で亡くなった。「フィラリアって薬で完全に予防できる病気なんです。でも、自分はそれをしなかった」。
もしかしたら、こうした出来事は、当時珍しいことではなかったのかもしれない。同じような体験をしながらも、その記憶を忘れてしまう人もいるだろう。だが、奥田さんにとっては、心の奥に澱のように残り続けることになる出来事だった。「その反動でしょうか、高校生になると動物の本を読むことが増えて。今思うと“動物好きな自分”になろうと必死な時期だったんだと思います」。失ったひとつの命への贖罪の意識。そして、いのちを大切にできなかった自分はダメな人間だという想い。それらがないまぜになりながら、「動物の予防医学を広めたい」という動機で大学の獣医学科に進学。その頃には、“将来は獣医として独立開業するのかな”と漠然と将来を思えがいていたという。
獣医になるはずが・・・!?
そんな奥田さんの転機になったのは、大学での臨床実習が始まった頃のことだった。「やっぱり獣医学科って、本当に動物が好きな人が多いんですよ。実習がはじまると、そういう仲間たちとの温度差が見えてきて。あれ、僕ってここまで動物好きじゃないかもって」。そんなときに蘇ってきたのが、幼いころの記憶。飼っていた犬すら大切にできなかった自分が、獣医師として出会った動物を心から大切にできるのか。そんな自分が動物病院で獣医として働いていいのだろうか。だとしたら、自分にはどんな貢献ができるのか。悶々とする日々が始まった。
そんな中で、奥田さんは動物の「殺処分問題」に出会う。年間20万頭以上の犬猫が殺処分されている。その多くが飼い主による飼育放棄によるものだった。
「この問題を気にかけている人は多くいました。でも、獣医師としてこの問題をライフワークにしている人はいないんじゃないかと。社会的に問題であることはみんな気づいているけれど、手が回っていない分野だと思いました。だったら自分がそういう部分を担いたいと考えました」。
その後、奥田さんは保健所や獣医をまわり、殺処分問題に関するヒアリングをはじめた。「もっとこの分野のことをちゃんと知りたいと思ったんです。最初はヒアリングのお願いをするのにも声が震えるくらい緊張したんですけど(笑)、みな、親切にしてくれました」。その中で、ある一人の保健所職員の方に「君が一人でどんなに頑張っても世の中は変えられない。仲間をつくって一緒に行動したらどうか」と言われたことがきっかけとなり、大学内でドリームボックスという学生団体を立ち上げた。ポスターをつくって近くの駅や施設に貼ったり、子供向けに動物愛護の出前授業を行ったりと精力的に活動。そうした活動をきっかけに出会った人から、動物のシェルター(保護収容する施設)の共同運営の話をもちかけられ、卒業後は起業するつもりでいたという。
「結局、その話は頓挫してしまって、卒業後は無職の状態でした。その後、友人の紹介で、社会的な合意形成支援の会社に一時的に就職して、地域活性化のためのまちなか探険ゲームの事務局の仕事をさせてもらったんですが、それもとてもやりがいのある仕事で。それだけに、改めて、自分の仕事として動物に関わることをすべきかどうか悩んだ時期でもありました」。
思い定めた自らの使命
たくさんの本を読みあさり、自分自身と向き合う日々が続いた。そんな中で見えてきたひとつの答え。それは、「自分が何をやりたいか」ではなく、「社会の中で自分自身が一番貢献できる部分はどこか」ということだった。「今までを振り返って自分自身の資源を棚卸しすると、殺処分問題に出会っていて、獣医の資格があって、たくさんの支えてくださる方々とのネットワークがある。ならば、一歩踏み出してみようと決めました」。
そこから先は、早かった。起業の学校7期への入学、東海若手起業塾への応募、内閣府事業として実施されたソーシャルビジネスのビジネスプランコンペへの応募を同時並行で進めながら、地域の中では様々な関係者への協力を呼び掛け、対話を重ねた。
「この時期にたくさんの支援をいただきながら、殺処分問題が生じる背景やプロセスを構造化して、そのための打ち手を探すことができたのが一番大きかったと思います。また、全部を自分ひとりでやるのではなくて、地域の様々な組織や人材と協力しながら、相乗効果を生み出していくという考え方を学ぶことができました」。
その中で殺処分問題の根本には、現在の日本では適切な飼育知識が普及しておらず、結果として飼い主とペットの間に十分な愛着が形成されていないことがわかった。殺処分問題の解決のためには、長い時間がかかる。だからこそ、奥田さんは自分自身の事業を持続可能なビジネスとしてはじめることにこだわった。そこで、まずは飼い主と犬が一緒に学ぶスクール事業からスタートすることを決定。「ドッグ&オーナーズスクール ONE Life」を2012年4月にオープンさせた。
道は続いていく
現在、ドッグ&オーナーズスクール ONE Life」には週50組程度の犬と飼い主が通っている。現在、スタッフは奥田さんを含めて4名。若いドッグトレーナーの育成も進み、何とか昨年度中に黒字化することもできた。だが奥田さんは「これからこそが本番」とその先を見据えている。「まだまだ自分自身の事業も課題だらけだと思っています。殺処分問題の解決、そしてその先にある誰もが他者を思いやる社会づくりという目標に対して、これからやらなければならないことは本当にたくさんあります」。
動物病院・獣医師とともに取り組む啓蒙啓発活動や、様々な専門家との勉強会、動物学会とのネットワークづくりや殺処分に関するリサーチなども進めながら、現在も新規事業を計画中だ。
「究極的には、生きるってどういうことか、幸せってどういうことか、という問いが自分の中にあるんだと思います。そういう意味では、今自分と一緒に働いてくれているスタッフが生き生きと仕事をしていることが何よりの喜びだし、この取り組みを通して、いろんな人の自己実現をサポートできたらと思っています」。
全てのいのちが活かされる社会に向けて。奥田さんのチャレンジ続く。
(取材・文/久野美奈子 写真/河内裕子(写真工房ゆう))
《事業概要》
NPO法人人と動物の共生センター
■事業理念
人と動物が共に生活することで起こる社会的課題の解決を通じて、誰もが他者を思いやることの出来る社会創りに貢献する
■連絡先
〒500-8222 岐阜市琴塚2丁目17番9号
TEL:058-337-5234
HP:http://tomo-iki.jp
メール:info@tomo-iki.jp