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会報誌「aile」vol.93

会報aile93号(2015年12月号)

私が感じてきたことを全身で表現していきたい

河合 麻紗さん
Ubuntu(ウブントゥ)

自然食品店で2年間勤務したのち、結婚。その後、専業主婦をしながら起業の学校で学ぶ(3期生)。その後、2008年に愛知県瀬戸市に天然酵母と国産小麦で作るベーグル専門店「Ubuntu(ウブントゥ)」を開店。
幼い頃から思い続けてきた「命を大切にしたい」という思いをベーグルに込めて表現し続けている。

瀬戸の古い町並みの残る商店街の路地のほど近く、名鉄尾張瀬戸駅のすぐ裏手に、ベーグルのお店「Ubuntu(ウブントゥ)」はある。国産の小麦と天然酵母を使い、おいしさと栄養がぎゅっとつまったベーグルをひとつひとつ手作りしている。遠方から訪れるお客さんや、かわいらしいお子さんを連れたご近所の方で、小さなお店は今日も大にぎわいだ。

ご主人と二人で「Ubuntu」を切り盛りするのは、河合麻紗さん。原料から徹底的にこだわったベーグルを作っているが、意外にも「昔からパン屋さんになりたかったわけではない」という。 河合さんが2007年に起業の学校で作成した卒業論文(事業計画書)には、有機野菜などを販売する自然食品店を経営したい、とある。『何でも使い捨てで大量生産、大量廃棄の日本の経済。人間本位の自然破壊。地球は人間だけのものなのか?このままでいいの?私は将来がとても不安になりました。(河合さんの卒業論文より)』

こうした強い問題意識から、自然と調和した暮らしがしたいと考えていた河合さん。その実現のために、起業の学校でも様々なプランを考えた。自ら農家を志したこともあれば、マクロビオティックの料理教室、カフェやお弁当の配達…。迷いに迷って、やっとたどり着いた自然食品店を始めようとしたところ、3人目の子どもの妊娠が分かり、立てた計画はいったんストップすることになった。

試行錯誤のくりかえし

妊娠中にご主人が作ってくれたベーグルが美味しいと評判になり、100人ほどの友人が買ってくれるようになったことが「Ubuntu」開店のきっかけだった。「どんな商売でも、100人のお客さんがついたら大丈夫、と起業の学校で聞いたので、始めてしまいました(笑)」

Ubuntuのベーグルは、種類ごとに全て粉の配合を変えて作っている。当時はいちどに8個しか焼けない小さなオーブンで、せっせとこねては焼き、を繰り返していた。「初めてのチャレンジでしたが、当時は『いい材料を使って、誰も苦しめないで作っている。正しいことをしているのだから、きっとうまくいく!』と思っていました」。河合さん夫婦の真摯な働きぶりにより、お店は繁盛した。

そんな矢先、お店を始めて3年目となる2011年に、東日本大震災と福島第一原発の事故が発生した。食べ物が汚染されていく不安、未来が見えないことの恐怖、現地の人を思うといたたまれなくなる気持ち…河合さん夫妻はすっかり落ち込み、ショックでお店を1カ月間開けることができなかったという。それでも、悩んだ末に「私たちにはこれしかない」と思い直し、お店を再開することにした。

再開後は、またたくさんのお客さんがUbuntuを訪れるようになった。ベーグルは1日300個以上売れることもあり、河合さん夫妻の毎日は目の回るような忙しさだった。1日の睡眠時間は4時間ほどで、毎朝3時に起きる日々。ベーグルを作りながら、立ったまま寝てしまったこともあったという。

自分の思いを大切に

河合さんはもとより何事にも限界までのめりこむタイプで、自分に厳しかった。子どもが生まれてからは子育ても完璧にしたいと、図書館の育児書を読みあさった。「いま思えば、自分で自分を縛っていたのでしょうね。自営業だから休まずもっと頑張らなきゃとか、母親だからきちんとしなければ、とか」。

そんな河合さんが変わるきっかけになったのも、子どもの存在だった。昨年のある日、お子さんが嫌なことがあっても何も言わずに我慢し続け、ずっと辛い思いをしていたことに気づいたのだ。河合さんはその姿に、これまでの自分の生き方を重ね合わせた。

強い意志を持ってお店を続ける河合さんだが、実はずっと自分の意見や感情を表に出すことは苦手だった。人一倍感受性が強く、世の中の様々な矛盾を敏感に感じながらも、子どもの頃から「おかしい」と思うことがあっても「自分さえ我慢すれば」と感情を押し殺してきたことが多かった。

折しも、もっと頑張らねばと自分を追いつめて働きながらも利益が上がらず、ベーグルの値上げを検討していた時期でもあった。「誰も苦しめないで商品を作っていると思っていたけれど、自分たちは無理をして苦しかった。そんな自分の思いを大切にして、もっと自己主張をしていいんだと気づきました」。

そこで、もう一度原価計算をし直し、昨年、ベーグルの思い切った値上げに踏み切った。過去にも原材料の値上がりによって少しずつ価格を改定したことはあった。しかし、これまでの価格は、『他店での修行もせずに始めた私たちのパンなんて、買ってもらえるだろうか…』という気持ちからつけていた値段でもあった。「でも、私たちの思いを込めて、命を削って作っている商品。無理をしてたくさんのパンを売るのではなく、私たち自身も健やかな状態で、納得のいく品質を保てる量だけを作ろうと決め、思い切った値上げをすることにしました」。

いまの自分を受け入れていく

勇気を出して値上げに踏み切ったUbuntuを、お客さんたちは変わらずに受け入れてくれた。ブログを見て、市外から買いに来てくれる方。「食べると幸せな気持ちになる」と言ってくれる方。入院していた病院からの帰りに寄って「退院したら一番にここのベーグルを食べたかった」とおっしゃる方。たくさんの人に支えられ、応援されていることを実感することで、河合さんもありのままの自分自身を受け入れていくことができたのだろう。

Ubuntuは日曜から火曜の週3日間が定休日だ。ひとつひとつ思いをこめて手作りしているベーグルだからこそ、河合さん夫妻のコンディションがよくないときは、定休日以外の日にもお休みすることがあるという。

以前の河合さんは、お客さんに「お休みが多いのね」と言われると責められているように感じてしまい、休むことに罪悪感を持っていた。でも、今は違う。「がむしゃらにやるだけじゃない。休みながらでも、精いっぱい作る。それが、私たちのやり方。思いを込めることができる時に、最高のものを提供できればいい、と考えるようになりました」。

芸術家が絵を描くように

今もなお、テレビをつければ起業前に河合さんが感じていた不安を思い起こさせるようなニュースばかりが目につく。Ubuntuのベーグルは、特別に安いパンというわけではない。子どもの6人に1人は貧困状態にあると聞くと、河合さんは「本当は一番食べてほしいはずの人に届いていない、と感じてつらい」と話す。しかし、最近は落ち込んでも「今の私にできることをまずはやっていこう」と思い直せるという。世の中の矛盾に敏感で、感情の動きも大きい。でも、そんな自分だからこそ表現できることがあると今は感じている。「芸術家が絵を描くように、私たちはパンを作る。私が感じた気持ちは、きっと食べた人にも伝わる。私が感じたことを、私が伝えていこうと思っています」。

言いたいことを我慢していた時期を越えて、少しずついまの自分を認められるようになった河合さん。そして、もっと自由に、積極的に自分の思いを表現していきたいという気持ちから、ずっとやってみたかったという歌や舞にもチャレンジし始めたという。

今でも迷ったときに河合さんが必ず立ち戻るという、起業の学校の卒業論文にはこうある。『今、ここでの生活を大切に、自分にも他の命にも無理のない範囲で生きてゆきたい』。事業のコンセプトは『コンパスlife(ライフ)』。

もっと自由に楽しんでいい、いろんな生き方をしていい。いつからでもやり直せる。かつての自分と同じように、つい頑張りすぎて苦しくなってしまう人たちにも、そんな姿をコンパスのように指し示していく。Ubuntuはそんな存在でありたい、と河合さんは明るく、そして力強く語ってくれた。

(取材・文/石黒好美 写真/河内裕子(写真工房ゆう))

《事業概要》

Ubuntu(ウブントゥ)

■店舗概要 

愛知県瀬戸市陶本町3-7
TEL:0561-82-8326
営業時間:午前9:00~午後6:00(売切れ次第終了)
定休日:日・月・火曜日
HP:http://ameblo.jp/ubuntu2008/

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