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起業物語[aile vol.115]

舵を手放さない生き方

伊藤鷹代(いとう たかよ)さん 合同会社アソシエ 代表社員
国家資格キャリアコンサルタント、産業カウンセラー。
パナホーム株式会社(現パナソニックホームズ株式会社)にて資材手配、役員秘書、営業企画、営業、採用、社員教育などに約30年間従事。早期退職後、2006年7月7日、合同会社アソシエを設立。キャリアコンサルタントとして、若年から中高年まで幅広い世代の就労支援に携わる。かかわった人たちが、働くことを通じて幸せな人生を歩めるよう支援を行うのが信条。趣味は旅行、写真、料理、ワイン。

日本では1946年の衆議院選挙で女性に参政権が与えられてから75年、1986年の男女雇用機会均等法から35年の月日が経った。しかし、日本のジェンダーギャップ指数は156か国中120位と、いまだ先進国の中では最低レベルに留まっている。
一方で出産を経た女性の就業継続率は年々上がり、また2021年の育児・介護休業法の改正により男性の育児休暇取得を後押しする環境も少しずつ整いつつある。少しずつ世の中は変わってきているともいえる。

「男性と対等に働きたいですって言っただけで大騒ぎになる時代でした。変わった女だってずいぶん言われてきましたよ」と豪快に笑うのは、学生の就職支援を中心に「働くこと」を応援する合同会社アソシエ代表社員の伊藤鷹代さん。昭和・平成・令和と3つの時代を「働く女性」として生き抜いてきた大先輩に話を聞いた。

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「いつかはお嫁さん」から自立を目指す女性へ

経営者の父、専業主婦の母のもとで育った伊藤さん。いつかは大好きな父のような伴侶を見つけて「お嫁さん」になるのだと幼心に思っていたという。「寝る前の読み聞かせで講談を話して聞かせるような父だったんですけど(笑)、本当に可愛がってくれた。わたしは母が読んでくれるディズニーの物語よりも、血沸き肉躍る父のお話の方が好きでした」。

その後、父の希望もあってピアニストを目指し、本格的なレッスンも受けたという伊藤さんだが、小学校の高学年に差し掛かる頃に、ふと「自分が表現者になるのは難しいな」と感じたという。「どこかに冷めたところがあったんでしょうか。テクニックは身についても、大勢の方の心に響くような演奏は自分にはできないことがわかってしまって。経済的な事情もあり、中学に入った頃にあっさりと辞めました」。
実は、父は伊藤さんが小学校1年生のときに急逝。すぐに暮らし向きが変わることはなかったが、父が遺した会社が小学校4年生のときに倒産し、経済的な環境が変わった。「ずっと専業主婦だった母が働き始めたんですが、やっぱり苦労していましたね。その姿を見て自分は手に職を持って、自分の食い扶持は自分で稼がないと、と思ったんだと思います」。

短大で栄養学を学び、栄養士の資格を取得するも、世は不景気。なかなか資格を活かすことができる職場は見つからなかった。加えて、ひとり親家庭ということであからさまな断り方もされたという。門前払いが続く中で、伊藤さんはたまたま読んだ松下幸之助の自伝で、松下翁もひとり親家庭の出身だったことを知る。「こういう人がつくった会社なら、きっとひとり親家庭の人間でも公平に選考の土俵に乗れるのではないかと思って。松下グループの求人を片っ端から受けたんです。資格にこだわるのは止めて、とにかく働こうと」。

どんな仕事も全力で

縁あって、松下系列の住宅会社に入社。雇用機会均等法以前で、総合職という言葉もない時代だったが、最初から「男性と対等に働きたい」と会社に伝えてきたという。「住宅業界ですから、仕事の環境は厳しかったです。女性は何年か働いたら結婚退職が当たり前という時代に勢いよく入ってしまったので、周りの女性たちからも浮いていた(笑)。でも人を大切にする風土はあって。もちろん出る杭は打たれるんですよ。打たれるんだけど出ることは禁じられないというか、風通しはよかったと思います」。

そんな環境の中で、伊藤さんは、資材手配、役員秘書、営業企画、営業、採用、社員教育など、30年にわたり幅広い分野の業務に携わってきた。「バブル景気の頃に営業職だったので、家が飛ぶように売れるという経験もしました。あと、女性だけの○○チームみたいなものが流行ったときにはリーダーを拝命して失敗したことも。でも、どんな仕事でも命じられたら全力でやるし、自分にはその力があると思っていたし、その結果が昇進昇格で偉くなることができたらいいなと思っていました」。

もちろん悔しい想いをしたことも一度や二度ではない。今ならきっとパワハラ、セクハラと言われるであろうことも日常だった。それでも伊藤さんはそれを理由に辞めたいと思ったことは一度もなかったという。「今に見てろよ、覚えてろよとは思ってましたけど(笑)」。

忘れられない言葉がある。当時、もう一人、女性のパイオニアと呼ばれる先輩がいた。どうしても仕事の上で納得できないことがあり、その先輩に泣きついたのだ。
「そうしたら、その先輩は、鷹代ちゃんごめんねって頭を下げられたんです。わたしたち上の世代がきちんと異議申し立てをしてこなかったからあなたにも辛い思いをさせていて、本当に申し訳ないって。でもね、女性が働き始めてたかが100年。そういうことをひっくるめて頑張ろうよって」。今になって伊藤さんは、自分は後に続く女性たちに何ができたのかとその言葉を思い出すそうだ。

訪れた転機

伊藤さんに転機が訪れたのは、2000年代初頭の頃。それまで人を大切にと謳ってきた会社が大規模なリストラ、早期退職の募集に着手したのだ。「最初は何とか会社を立て直して頑張ろうと思ったんですけど、最終的にはやっぱりもうここにはいられないなと思いました」。伊藤さんはまだ対象の年齢ではなかったが、尊敬する先輩たちが去る姿を見て、決意した。それでも数年は迷い、いざ退職届に記名・押印するには1週間かかったという。「今日こそ書こうって思うんだけど、うまく書けないんです。あんな経験は初めてでした。泣いたりはしませんでしたが、やっぱりどこかに辞めたくない気持ちや会社への想いがあったんでしょうかね」。

退職後は、得意の料理の腕を活かして、弁当屋でも始めようと思っていた。「ずっと忙しく働いてきたし、ちょっと遊んでのんびりしたら物件を借りて始めようと。事業計画書もつくって、損益分岐点も計算していたんです」。
もともと会社員時代から、環境NPOの活動に参加したり、キャリアコンサルタントの学びの場としてのNPOをつくってその代表を務めていた。人事部に移動した後、会社の昇格のための要件として産業カウンセラーの資格をとり、続けてキャリアコンサルタントの資格も取得。せっかく資格をとったなら継続的な学びの場が必要だし、誰かが取りまとめをしなければいけないのなら自分がやってもいいかなという思いだった。「当時はまだNPOと言っても、ほとんど理解されませんでした。でも、そんなご縁で会社員時代に人づてに起業支援ネットの創業者の関戸さんを紹介してもらって。結局形にはなりませんでしたが、一緒にプロジェクトをしようかなんていう話もあったし、関戸さんにひきこもりの若者を応援するNPO団体につないでもらったこともありました。弁当屋を開業したら、彼らの働く場づくりにも少しだけ貢献できるかなと思ったりして」。

しかし、退職後のある日、採用担当をしていたときに出会った大学関係者から連絡がきた。「仕事を辞めて時間があるのなら、大学生の就職支援に力を貸してもらえないか」という依頼。キャリアコンサルタントの資格と、伊藤さんの企業での経験を見込んでのオファーに、伊藤さんは軽い気持ちでオッケーしたのだという。
いつかは弁当屋と思いながらも、その後大学での就労支援の仕事は増えていき、ある大学から「法人でないと契約できない」と言われたことをきっかけに合同会社アソシエを設立。そして16年の月日が経った。「弁当屋の構想はずーっと棚上げ状態です(笑)。今思えば、わたしの使い道として、わたしのやりたいことと世間のニーズが違っていたということなんでしょうね」。

“やりたいこと”から始まったわけではない。必要とされるところにいって、必要とされることを泥臭く全力でやる。全力でやるからこそ感じられるやりがいがある。そして認められ、必要とされる領域が広がっていく…。振り返れば、会社員時代となにも変わらない姿がそこにあり、それこそが伊藤さんの重ねてきたキャリアなのだろう。

経営は甘くない、でも面白い

もちろん会社員時代との違いを痛感したこともある。「最初は自分が請求書を発行しないと入金がないんだということすらわかっていませんでした(笑)。会社だと営業は売るまでが仕事で、回収は別の部署がやるでしょ。スタッフの雇用を決意したときにこれでやっていくという決意は固めましたが、細かい作業が得意な方ではないので、今でも苦労しながらやっています」。

合同会社アソシエの設立日は7月7日。父の命日でもある。「若くして突然亡くなった父はもっと経営という仕事を続けたかったのではないかな。その志を引き継いだら、ちょっとは向こうから助けてくれるかなと思ったけど、そんなに甘くはないですね(笑)」。
会社員だったなら定年退職を迎える年齢も超えた。これから会社をどうしていくのか、揺れる気持ちはいつもある。でも、必要としてくれる人がそこにいるのなら、うっかり全力で頑張ってしまう伊藤流は、どんな形になるにしてもこれからも続いていくのだろう。

「経営者って旨みはそんなにないし(笑)、大変なんだけど面白い。全部が自分で決断できるから。会社員時代、ずっと偉くなりたいと思っていたけれど、それが叶ったといえば叶ったのかな」。
伊藤さんのいう「偉くなる」は、肩書や権限だけの話ではなかったのかもしれない。世間や組織の理屈ではなく、自分自身で物事を見極め、判断し、そしてその決断の責任を自分自身で引き受けられる立場に立つということ。

伊藤さんはこれからも自分の航路を自分自身で判断し、自分で舵をとって生きていく。厳しい日差しに照らされ、風を受け、時には雨に濡れることもある。それでも大きな海原を自分の力で進んでいく。嵐の日も凪ぎの日もあるからこそ、人生は面白い。

■取材/久野美奈子(起業支援ネット代表)・石黒好美(フリーライター/社会福祉士)
■文/久野美奈子
■ 写真/梶景子(となりのデザイン)
会報誌aile115号(2021年6月号)掲載

合同会社アソシエ
■事業内容
・キャリアカウンセリング(高校生、大学生、社会人)
・各種セミナー、研修の企画運営及び講師の派遣
・アウトソーシング
・人材採用代行
■理念
かかわるすべての人たちが仕事を通じて幸せな人生が送れるよう
全力で支援します。
■連絡先
〒453-0835名古屋市中村区上石川町2丁目12-2
メール info@llc-associe.com  電話 052-411-6809
http://www.llc-associe.com/outline.html

 

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