
どんな人にも どんなことにも ともに「かぶく」寺
蒲池卓巳 (がまいけたくみ)さん 長善寺 住職
1980年生まれ。早稲田大学大学院修了。同朋大学別科を経て入寺。2017年に第26代住職となる。子供の頃から祭りや民俗芸能に関心があり、お寺で落語会、猿回しなど地域の方々にも喜ばれる企画を日々考えている。
名古屋市西区。庄内緑地公園と名鉄中小田井の間の細い路地が連なる住宅街の一角で、そのお寺はずっと人々の暮らしを見守り、寄り添ってきた。放光山長善寺。400年以上の歴史を持つ真宗大谷派のお寺だ。
その歴史は室町時代にまで遡る。1539年(天文8年)、織田信長の家臣林通勝の弟・僧顕了によって開基され、江戸時代初期までは心養坊と号していたという。1647年(正保4年)に木仏本尊阿弥陀如来を安置して峰光山長善寺に寺号を改め、現在は放光山長善寺と称している。現在の本堂は1860年頃(江戸時代末期)に建てられたもの。一歩境内に足を踏み入れると、その空気はどこか暖かく、時間を重ねてきた空間ならではの懐の広さのようなものが感じられる。
この長善寺の第26代住職が蒲池卓巳さん。お寺でのマルシェ、ヨガや様々な講座の開催、相撲部屋の受け入れなど、従来の檀家の方々のみならず、様々な人が往来する場づくりにも取り組んでいる。
ウェブサイトのトップページに掲げられた「どんな人にも どんなことにも ともに「かぶく」寺」という言葉が目を引く。「かぶく」とは「傾く」。歌舞伎の語源ともなった言葉で、並み外れたもの、常軌を逸するものといった意味を持つ。
ウェブサイトにはこう続く。
「世間にとらわれ過ぎず、貴方らしい人生を送れることをこのお寺では「かぶく」と呼んでいます。長善寺はみなさんと一緒に育っていくお寺です」。
この言葉に込められた蒲池さんの想い、そしてこれまでの道のりを聞いた。
遊びをせんとや生まれけむ
長善寺の一人息子として生まれた蒲池さん。物心ついた頃からなんとなくいつかはお寺を継ぐんだろうなぁとは感じていたという。「でも、周りからお寺の子だからああしなさい、こうすべきと言われることには反発する気持ちもありました」と話す。
保育園の頃に学芸会の劇で主役を演じたことに楽しさを感じた。子ども向けのミュージカルや演劇を見て心を震わせた。いつしか舞台というものに惹かれる自分に気づき、大学では演劇を学びたいと思うようになった。父親である前住職は「まずは外に出て世界を見たほうがいい。寺を継ぐかどうかはその後考えればいいから」とそんな蒲池さんを応援してくれたという。「そうは言いながらもしっかりと手綱は握っていたと思うんですけど」と蒲池さんは笑う。
演劇の中でも、蒲池さんは劇場、特に公共の劇場のマネジメントを専攻。そこで蒲池さんは劇場とお寺との共通点に改めて気づいたという。「もちろん全く同じではないんですけど、どちらも人が集ってコミュニティが生まれ、文化の拠点になり得る場所。お寺で生まれ育った自分にとっては、共感できることが多いと感じました」。
夜間学部だったこともあり、共に学ぶ仲間も多種多様。夕方から夜までの講義を終えるとそのまま講堂の前で飲み会になることも日常茶飯事。大学院では地歌舞伎(役者を職業としない地元の人々が演じる歌舞伎)をフィールドに調査研究を行い、そのまま地歌舞伎の一座にも参画するようになった。「暮らしや風土と地続きの演劇のあり方が面白いなと思いました」。
大学院卒業を控え、この先どうしようかと考えていたが、前々住職である祖父の体調が思わしくないこともあり、実家に戻ることを決意。僧侶の資格を取るために名古屋市内の大学の仏教専修1年間の集中コースに入りなおし、浄土真宗の教えを改めて学んだのち、長善寺の副住職となった。僧侶としての仕事にも一通り慣れたころ、コミュニティ・ユース・バンクmomoにボランティアメンバーとして参画。地域で非営利活動に関わっている人たちとのつながりも増えた。とはいえ、それを僧侶としての自分の成長に繋げようという欲があった訳ではない。面白そうなこと、夢中になれそうなことを自分自身の足を運んで見つけていく。それが蒲池さん流だ。
「子どもの頃から“夢中になれること”が大事なんですよね。遊んでいたい。“遊び”は自分にとってすごく大事なことなんです」。
「遊」とはもともと「隠れたる神の出遊を意味する」(白川静)言葉。境界を越え、時に命がけで臨むからこその絶対の自由とゆたかな創造の世界がそこにはある。
「僕は1か所に留まっているのが苦手なのかもしれないです。いろんなところに出かけて、いろんなことを見聞きしたい。出会いたい」。
新たなお寺のあり方を模索しながら
今、お寺を取り巻く環境は厳しい。かつては地域の中で人々の心と暮らしの拠り所として機能していたお寺も、少子高齢化や人々のライフスタイルの多様化の中で、その在り方を模索している。いわゆる経営や運営の問題とも無縁ではないのだ。
「お寺を専業でやれているのは、お参りにいって、受け入れてくれる人たちが地域にいるからこそです。分譲住宅やマンションも増え、地縁のない人々が増えてくる中で、お寺のありようも変わっていくのかなと思います」と蒲池さん。
長善寺では、いわゆるお寺としての本業にあたる仏教・仏事に関する行事等に加えて、マルシェの開催やヨガなどのワークショップの開催など、普段お寺とは関りがない方との接点も大切にしている。
「マルシェはこれまでに4回ほど開催しました。住宅街の中にあるお寺なので、出店される方は本当にお客さんが来るのかと不安になったみたいです(笑)。でも少しずつ地域に根付いて、何十年ぶりに長善寺に足を運んだという方や、四世代で訪れてくれる方もいらっしゃって、出店者のみなさんは“どこからこれだけの人が湧いてくるんですか?”って驚いていらっしゃいました」。
2024年9月に行ったマルシェでは、蓮燈祭(れんとうさい)という催しも行った。亡き人への想いを蓮紙や紙で作ったハスにメッセージを書き、そのハスを燃やす。したためたメッセージを手放して亡き人へ送るという新しい形の法要だ。
マルシェとはいっても商業イベントではなく、お寺という場所だからこそできることやお寺という場所の意味をしっかりと受けとめ、理解してくれる方々と連携していくことを目指し、その輪は少しずつ広がっている。
「頑張って、無理してお寺を地域に開いていこう、というのはちょっと違うのかなと思っています。お寺はこれまでもずっと開いていた。その情報をどんな風に届けるのかということなのかな」。
亡き人からの問いを生きる
蒲池さんには問いを与えられたと感じる二人の人物がいるという。
一人は10年前に亡くなった母だ。「僕が物心ついたときから、母は病に苦しんでいました。母が亡くなる前に“私は病気になって苦しむために生まれてきたのか”と。息子として、それは違うと言いたいんですが、何がどう違うのかということにも向き合っていかなければいけないと思っています」。
そして、もう一人はかつて共に学んだ若き僧侶。「自身とお寺の置かれた状況に悩んだ末に亡くなったと聞きました。自分は彼に伝えられることがあるだろうか、彼は今の自分がやっていることをどんな表情で受け止めてくれるだろうかと思うことがあります」。
蒲池さんは法要の際に「死者との付き合い方」についての話をよくするのだという。亡くなった人とは縁が切れるわけではなく、付き合い方が変わるだけなのだ、と。
「生きている人との付き合い方が千差万別であるように、亡くなった方との付き合い方もそれぞれ。お墓参りや法要はひとつの型としてそのとっかかりにはなりますが、本来的には自分なりに見つけていくしかないのだと思います」。
生老病死に愛別離苦。人が生きることには常に悲しみや苦しみがつきまとう。だからこそ、「“もう一つの物語”が大事」だと蒲池さんは言う。「自分が生きている物語が一つしかないと、それが自分を息苦しくさせる。別の物語に乗り換えるわけではなくて、重ねていく中で、自分の中での物事の見え方は変わってくる。人が関わるもの、人が生み出すものについて、“絶対”ってないと思うんです。苦しみや課題を解決しよう、克服しようとしても、一旦解決したらまた別の苦しみや課題が生まれてきて、未来永劫終わらないですよね。解決しようとすることは大事なんですが、なぜ苦しむんだろうという視点も大事だと思うんです」。
越境と出遊と
仏教の教えや型は、その時々の時代の風に洗われながら連綿と続き、今に至る。それを核にしながらも、なにか別のものを組み合わせて新たなものを生み出していくのが蒲池さんの本質的な営みなのかもしれない。
「お寺のキャパシティ=住職のキャパシティにしないことが大事だと思っています。でも放っておくとそちらに流れてしまう。いわゆるカリスマリーダー的なものに僕はなれないし、ならないほうがいい。そう思っていたら、いろんな人が現れてくれて。誰かと一緒になにかをやることでより面白く多面的になっていく。手触りのある時間って、やっぱり一人では作れないと思うんです」。
かぶくことは遊ぶこと。遊ぶことはかぶくこと。蒲池さんはこれからも真剣に遊び、まっすぐにかぶいていくのだろう。
境界を越え、交わり、文脈を変え、新たな価値を見出し、時に亡き人と共に生き、問答する。己を知り、他者を知る。その時に立ち上がる「もうひとつの物語」は、人を、人生を、地域を、分厚く、豊かに彩っていく。
■ 取材/久野美奈子(起業支援ネット代表)・石黒好美(フリーライター/社会福祉士)
■ 文/久野美奈子(起業支援ネット代表)
■ 写真/梶景子(となりのデザイン)
会報誌aile128号(2025年3月号)掲載
放光山長善寺
■理念
どんなひとにも どんなことにも ともに「かぶく」寺
■連絡先
〒452-0821 愛知県名古屋市西区上小田井1丁目259
電話番号 052-501-0623
URL https://chouzenji.org/
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