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起業物語[aile vol.126]

自分の「苦手」も「違和感」も隠さない起業

長尾 晴香(ながお はるか)さん 一般社団法人ViVarsity 代表
長野県出身。大学卒業後に入社した企業で配属された岡崎市で国際交流ボランティアを始め、2010年に仲間と任意団体「Vivaおかざき!!」を設立。防災や地域と外国人との交流などに取り組む。2016年に「起業の学校」で学んだ後、2018年には株式会社link design labを立ち上げ、外国人向けの日本語教室や企業のコンサルティングを行う。2021年に「ViVaおかざき!!」を一般社団法人化し「ViVarsity」と改称。県内外で多文化共生社会の実現に向けた活動を行っている。

「できること」「やりたいこと」「求められていること」の三つの円が重なるところが天職だ――。就職活動や起業を考える際に、一度は目にしたことのある言葉ではないでしょうか。
もっともなことだと思う反面、どんなに固く決意したことも、入念に調査した結果も実は揺らぎやすいもの。「この程度で、できると言っていいのか」「これは自分が本当にやりたかったことだろうか」と、考えれば考えるほど分からなくなってしまう逡巡もまた、多くの人が経験していることでしょう。
「ずっとやりたいことが見つからなかった。やりたいと思うことがないから、人生で何を選べば良いのか、基準になる理由が自分の中にはなくて。いつも困ったなって感じていました」。
岡崎市で外国人住民への情報提供や地域の日本人との交流の場づくり、日本語教室などを行う一般社団法人ViVarsity代表の長尾晴香さんはこう話します。
愛知県で四番目に外国人住民の数が多い岡崎市で、長尾さんは外国人支援も市民活動もほとんど未経験ながら団体を設立し、たくさんの人や行政、団体、企業とつながりながら活動の幅を広げてきました。けれど、活動の推進力となってきたのは必ずしも長尾さんの「やりたいこと」「できること」だけでも、「求められていること」だけでもなかったようなのです。
では、長尾さんの起業を後押しし、支えてきたものは何だったのでしょうか。昔ながらの商店が立ち並ぶ中、ところどころに新しいお店も混じり合う通りの一角にある、ViVarsityの事務所でお話をうかがいました

初めての土地での出会い

「高校は国際教養科、卒業後は名古屋外国語大学に進学しました。英語は好きで楽しかったけれど、自分が何をしたいかが分からなくて。とりあえず一度実家に帰って、お金を貯めながらゆっくり将来のことを考えようと、故郷の長野県の企業に就職しました。でも、最初の配属先はなんと岡崎市内の営業所だったんです。(笑)」
大学時代に愛知県でひとり暮らしを経験していたものの、岡崎市は長尾さんにとって全く初めての土地。会社の外でも知り合いを作れたらと、国際交流協会でボランティアを始めることにした。長尾さんはここで、今も活動を共にする岸本サンドラさんと鈴木美帆さんに出会う。三人は意気投合し、国際交流協会とは別に自分たち独自の活動もしていきたいね、と話すようになった。
「サンドラさんは今から30年ほど前に、いわゆる“出稼ぎ”のようなかたちで来日されました。母語のスペイン語に加え、いろいろな人と関わるうちに日本語に加えてポルトガル語も話せるようになった方。それでも、2008年に岡崎に大きな被害をもたらした豪雨災害の時には状況が分からず、とても困ったそうです」。
言葉が分かるだけでは十分ではない。その土地の文化や生活習慣、地域のルールを知らなければ、安心して暮らすことはできない。
「岡崎に住んでいる外国人に必要な情報を届けたり、困ったとき頼れる人との繋がりを作る活動をしたいねとなりました」。
2010年、任意団体「Vivaおかざき!!」はこうしてスタートした。
「設立記念パーティーに市役所の防災課を招いてお話をしていただいたり、外国人と一緒に図書館に行ってカードを作ったり、地域のお祭りに参加したり。私たちに何ができるのかも、ニーズがあるのか分かっていなかったけれど、私たちが普段の生活の中で「大事だよね」「伝えたいね」「知っていた方がいいよね」と思うことを伝えたい、という気持ちでやっていました」。

新たな仕事観を知って

長尾さんは普段の生活の中でも日本で暮らす外国人を身近に感じることが増えていた。会社の取引先は自動車関連の企業。工場で働く外国人たちが「忙しくて土日も休めない」とか「最近は残業がなくなって収入が減った」などと話しているのを、実感を持って受け止められるようになっていた。
「東日本大震災の後の計画停電で、遠く離れたこの地域の工場の稼働にも影響が出たりと、大きな世の中の動きと私たちの生活ってこんなに繋がっているんだとか、外国人の人たちがいて私の仕事も成り立っているんだなと、身にしみて感じました。今までの自分は本当に何も知らなかったんだな、とも」。
学生時代に経験してきたこととは違う、周りの人の外国人に対する印象にも気が付いた。
「“ガイジン”という呼び方や「あいつらは自分たちとは違うよね」という感じの話し方。少なくない日本人が、外国人のことをあまり好きじゃないんだ、とショックを受けました」。
その後、長尾さんは岡崎市が主催するソーシャルビジネスや起業の講座に出て学ぶようになった。
「それまではNPOというもの自体をよく知らなくて。“活動を仕事にする”という方法もありなんだ、と初めて知りました」。
会社では少しずつ責任のある仕事も任されるようになっていたが、長尾さんは次第に「この仕事は私がしなくてもいいのでは」「本当は仕事よりもVivaおかざき!!に時間を使いたい」と考えるようになった。
「女だからという理由だけで外回りの仕事をさせてもらえなかったり、逆にすごく持ち上げられたり。“マイノリティとしての経験”とはこういうものかと実感しました。自分が疑問に思ったことを伝えても、会社では『昔からの決まりだから』『そういうものだから』と取り合ってもらえないこともよくありました。でも、NPOの人たちと話すと『それはおかしいよ』『解決したい課題だよね』と言われる。そうか、やっぱりおかしいことはおかしいと言っていいんだ、課題は可視化していいんだ、と思えるようになったんです」。

仲間も自らのチャレンジも大切に

2015年、長尾さんは会社を辞める。活動よりも仕事を優先せざるを得ない生活を続けることに限界を感じていたのだ。
「市役所と打合せをしようと思うと、私は平日に会社を休まなければならない。そういうストレスの積み重ねで心身ともに辛くなってしまったんですね。
同じ年に文化庁の「生活に役立つ日本語教室」を受託して、初めて外部から資金を得て事業を回す、という経験をしました。でも、私一人分のお給料を出せるほどではなくて……」。
お金のこと以外にも、長尾さんには大きな悩みがあった。長尾さんはVivaおかざき!!の活動に少しでも多くの時間を使いたいと考えていたが、共に団体を立ち上げたサンドラさんと鈴木さんは「自分ができる範囲で、無理なく活動がしたい」というスタンスだった。二人とは目指すビジョンは一致しているし、これからも一緒に活動していきたい。けれど、これを仕事にしようという動きには巻き込めない。翌年に入学した「起業の学校」でも、起業やVivaおかざき!!の事業化というよりも、どうしたら自分の好きなこと、納得のいく活動を続けつつ、生計を立てられるだけの収入を得られるかを中心に考えていたという。
「毎日、目の前にあることを必死にやり続けているけれど、前に進んでいる気はしない。これから何をどうしたら良いのだろうと、気持ちばかり焦ったこともありました。
でも、2017年に息子を出産して現場から離れたタイミングで、自分の見方や考え方が整理されたのかもしれません」。
悩んだ末に長尾さんが選んだのは、「Vivaおかざき!!」とは別に「株式会社link design lab」という会社を作ることだった。
「子どもの学習サポートや地域での交流活動など、市民活動の良さを生かした活動はサンドラさんや鈴木さんとともに「Vivaおかざき!!」で引き続き行う。行政や企業からの委託事業や企業のコンサルティング、岡崎市外からの依頼などは長尾さんが立ち上げた株式会社で引き受ける
「NPO=ボランティアというイメージを持たれることもまだ多くて。私たちもビジネスとして企業と対等な立場で取引をするという心構えを示すためにも、株式会社で請ける仕事は分けようと決めました」
仲間を大切にしながら、自分が挑戦したいこともあきらめない。培ってきた市民活動の伸びやかさを楽しみつつ、自分たちの働きをサービスとして提供し対価を得るコミュニケーションにもしなやかに対応していく。長尾さんが選んだのは、そのための方法だった。

自分らしくあるための「多文化共生」

「会社は作ったけれど、10年以上ボランティア活動としてやってきたこともあり、経営に関する知識は全然足りなくて。経理をお願いしている方に教えていただいたり、同級生が経営する会社に勉強させてもらいに行ったり……」。
お金のことも、助成金の申請書づくりも得意ではない。日本語教室が必要だ、と思っても、自分は日本語教師ではない。けれど、いつも周りに協力を求め、支えてもらいながら事業を進めてきた。
「会社を作りました、こんなイベントをしました、こういう研修をしています、とブログに書いたりして発信する中で、誰かが見ていてくれて、次はこういう事業を請け負いませんか、と声をかけてもらえる。そんな繋がりの中で、自分一人分がやっと稼げるようになってきた、という感じです」。
企業や行政、そして身近な人からの声に耳を傾け、自分だけではできないことはできる人と協力しながら、一つ一つの依頼に地道に応えてきた。その結果、2017年には「子どもと家族・若者応援団表彰」に推薦され内閣府から表彰された。2021年に「Vivaおかざき!!」を一般社団法人化し「ViVarsity」に改称、翌年からアメリカの財団から外国にルーツを持つ若者向けの奨学金事業を受託。2023年には、「愛知県多文化共生推進功労者表彰」も受賞した。
「こうしたらもっと良くなる、面白いよねと思ったことを仲間と話しながら実践して、直接フィードバックをもらえる。これが起業して一番良かったことです。思えば小さい頃から、自分は何のために生きているのかを知りたいとか、今していることは何のためなのかをすごく考えるタイプでした。
もしかしたら、私が取り組むテーマは外国人のことでなくてもよかったのかもしれない。けれど、外国人ゆえにさまざまなことが制限されたり、できなかったりする状況には大きな違和感を持っています。それは「女性だから」とか「高卒だから」「地方出身だから」といった理由のせいで、その人らしく居られないことと同じですよね。
私は違う文化を持つ人とコミュニケーションを取るのが好きだし、一人ひとりがお互いに尊重しあえる社会になってほしいと思っています。でも、そう感じていない人もたくさんいる。なばら、自分がその架け橋になれたら、と」。
子ども向けの日本語教室にキャリア教育セミナー、防災ワークショップにダンスサークル、オンラインで世界をめぐるツアーなど、ViVarsityの活動は多岐にわたる。これらはすべて、外国人にまだ関心のない人に興味を持ってもらうために、相手に合わせて切り口を変え、言語を変えてアプローチしてきた結果だ。
「その視点で言えば、今はまだ特に企業さんに響く言葉が足りていないと思います。数値で事業の成果を求められたりすると、難しいなと感じますし。
だからといって今までのやり方だけに固執していても状況は動かない。これからはViVarsityで雇用もしたいし、そのための戦略も立てていかなければ。そのために、最近は自分一人で悩まないで、必ず誰かを巻き込んで一緒に考えて進めていくようにしています」。
団体の一員としての役割と、自分が個人として取り組みたいこと。お金にならなくても積極的にやりたいことと、ビジネスとして軌道に乗せたいこと。時には相反するように見える事柄をしなやかにバランスさせていく――自らの持つたくさんの文化を、豊かに共生させていくことが、長尾さんにとっての「起業」なのでしょう。

 

■ 取材/久野美奈子(起業支援ネット代表)・石黒好美(フリーライター/社会福祉士)
■ 文/石黒好美(フリーライター/社会福祉士)
■ 写真/梶景子(となりのデザイン)
会報誌aile126号(2024年9月号)掲載

一般社団法人ViVarsity
■理念
◆Vivaビジョン~私たちが目指す社会~
「日本人」や「外国人」という区別なく、同じ地域に暮らす一員として国籍関係なく助け合っていける繋がりがあり、誰もが自分のポテンシャルを信じて挑戦したいことができる社会。
◆Vivaミッション~私たちが果たす使命~
日本人住民と外国人住民がお互いのことを知り、理解し、受け入れていける「多文化共生」の実現。
■事業概要
・子どもサポート事業
・外国人住民支援事業
・交流事業
・人材育成事業
■連絡先:
〒444-0045 愛知県岡崎市康生通東2丁目22-1
TEL 080-5141-1132
Mail:info@vivarsity.jp
https://viva-okazaki.com/index.html
https://note.com/vivarsity_blog/

 

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