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起業物語 [aile vol.108]

美しい丘を越えていく~草の根の取り組みが紡ぐやさしさが生まれる社会

渡辺ゆりか(わたなべゆりか)さん 一般社団法人草の根ささえあいプロジェクト 代表理事
1971年生まれ。大学卒業後、広告代理店でのデザイン・企画の仕事を経て、2004年より就労支援の道へ。生活保護受給者や障がい者への就労支援・生活支援に携わる。
2011年4月、「草の根ささえあいプロジェクト」立ち上げ。2012年法人化、代表理事に就任。2013年から、0歳~概ね39歳までの子ども・若者を対象としたワンストップ相談センター「名古屋市子ども・若者総合相談センター」を受託、センター長を務めたのち、2019年から名古屋市若者・企業リンクサポート事業所長。2016年度 厚生労総省「生活困窮者自立支援のあり方等に関する論点整理のための検討会」に構成委員として参加。「誰もが人とのつながりの中で、自分の成長と人への優しさを生み出せる社会」の実現に向け、仲間と奔走中。

2011年に任意団体設立、2012年に一般社団法人として法人化した草の根ささえあいプロジェクト。設立以来、人とのつながりや人への役立ちから排除され<孤立している人>の支援をはじめ、調査やワークショップ等、そうした人を取り巻く社会のあり方についても考え、発信し続けてきた団体だ。現在は、名古屋市子ども・若者総合相談センターの運営をはじめ、行政からの委託事業を中心に、困りごとを抱えた人の話を聞き、寄り添い、その小さな一歩を日々応援し続けている。もともとは全くのボランティアベースではじまった団体だが、設立から8年が過ぎ、職員も30名を超えた。

「何かを選択してこの道を歩んできた、という感覚はないんです。ほぼ一択(笑)。目の前の道を歩き続けての“今ここ”です」と語るのは、代表の渡辺ゆりかさん。起業の学校の3期生でもある。

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なぜ働きたいと思うだけで、こんな想いをしなければならないのだろう

「社会人スタートは遅かったんです」という渡辺さん。大学卒業とほぼ同時に結婚、そして出産。華やかな社会人生活をスタートさせた友人たちと子育てに明け暮れる自身を比較しては、焦りを募らせる日々だったという。家で描いたイラストを出版社に持ち込み、細々と収入を得ていた。一方、まだ明確なイメージはなかったものの、「人を応援する仕事」にも関心があった。産業カウンセラーの資格を知り、その受講費用を貯めようと、早朝の新聞配達も経験した。実は、学生時代に大手商社の事務職への就職が内定していたという渡辺さん。「就職活動の波に乗れずにぼーっとしているうちに、父親が勝手に決めてきてしまったんです。結局妊娠がわかり、その話はなくなったんですけど、あのときそのまま就職していたら、今の自分はいなかっただろうな、と思います」。

長男が1歳を過ぎ、いよいよ働こうと就職活動を開始するも、早々に保育園入園の壁にぶつかることとなった。1990年代の後半、まだ今のように「女性活躍」が謳われることもなかった時代。「役所の人に、なぜ働かなくてはいけないのか、こういう条件を満たしていないと申し込みはできないと、何度も言われました。いろいろと知恵を絞ってあれこれ交渉して、最後には入園が認められたんですが、最後に“粘り勝ちだね”って捨て台詞を言われて。顔も名前も忘れてしまったけれど、今もあの担当者は許してないです(笑)。働きたいと思うだけで、なぜこんな言われ方をするのかと怒りを感じました」。

最初の就職先は広告代理店だった。「小さいころから作文と絵と体育だけは褒められていた」と笑う渡辺さんの強みが存分に発揮されたのだろう。その企画力や仕事の進め方がすぐに評価され、その後も印刷業界・広告業界で転職しながらキャリアアップを重ねていった。

「もともと、得意なことと苦手なことが極端にはっきりしているタイプ。そんな自分でも、夫がいて、子どもがいて、やりがいのある仕事に就くことができた。社会のありように思うところはあるけれど、なんとかうまくやれたな、とどこかほっとした気持ちだったのだと思います」。そんな矢先、事件は起こった。

おにぎり事件~ある親子が教えてくれたこと

事件と言っても、それはテレビから流れてきたほんの数分のニュースのこと。DV被害を受け、車中生活を続けていた母と子。コンビニで買ったおにぎりを具がいやだといった息子に対して、母親が「わがまま言わずに食べなさい!」とおにぎりを子どもの口に押し付けたことが原因で、小学生の子どもは、窒息死してしまったという。

「“彼女はわたしだ”、そう思いました。その情景が目の前にまざまざと浮かんで、おにぎりを押し付けた手の感触が自分の手に確かに残っている気がして。言いようのない衝撃を受けて、その後何時間も涙が止まりませんでした」。

彼女はわたしである。けれど、彼女とわたしは隔てられている。彼女は我が子を殺してしまうという最悪の事態の中にいて、一方でわたしは、それなりに安定した日々を送っている。その一線を隔てるものは何なのか。それを見つけ、埋めなければ。そして、彼女に仕事があったらどんなによかっただろう。…その想いは、保育園の入園を断られ続けた自身の経験とも重なった。渡辺さんは早々に会社に辞表を出し、「人を応援する仕事」に就くこととなる。

大学のキャリアセンター、生活保護受給者の就労支援、障害をもった方の生活と就労の支援。困難な状況にある方を支援する仕事の中でも経験を重ね、実績を上げていった。中でも、障害福祉の分野で仕事を始めたときに、上司から言われた言葉は今でも忘れられないという。「『あなたは今日から権力者になったんです』と言われました。自分がどんなに丁寧に、対等に接することを心がけても、相手にとって“支援者”は権力者。それを忘れずに仕事をしなさいという教えは、今でも心に刻んでいます」。

この頃、起業の学校にも入学する。「正直、なぜ入学したのかはよく覚えていない(笑)。起業への明確な意思もなかったし、起業の学校でもずいぶん長い間“やりたいことが定まっていない人”というポジションでした」。ただ、自分の軸をつくりたい、という想いは誰より強かった。「ずっと誰かの評価を気にしながら生きてきた。でも起業の学校のワークを通してなら、自分の軸がつくれるのではないかという直感はありました」。妥協することなく、理念のワークは10回以上繰り返した。「理念ができるまでは死にたくないって思いました(笑)。“人の役に立つことで得られる自信や喜びが、自分の成長と人への優しさを生み出す社会にしたい”という理念ができた瞬間のことは、今でも鮮明に覚えています」。

もう一つ、大きな転機になったのが、社会活動家・湯浅誠さんとの出会いだ。2010年、あるイベントで「パーソナル・サポート・サービス」を考える分科会があり、その話題提供者が湯浅さんだったのだ。「湯浅さんが、みなさんの周りに”わかってはいるけれど仕方ないよね”という言葉でサポートを届けれられていない人はいませんか?と投げかけたとき、ものすごくたくさんの人たちの顔が浮かびました。」その分科会は、結局時間が足りず、「では、どうしたらいいのか」を考える前に終わってしまったという。渡辺さんは、そのモヤモヤした気持ちを考え続けたいと小さな勉強会を立ち上げた。通称「穴を見つける会」。そこには様々な分野、領域で働く支援者、困難を抱える当事者、保護者などが集まり、そのメンバーが中心となって草の根ささえあいプロジェクトを立ち上げることとなった。

次の世代を支えながら、美しい丘を越えていく

その後、24時間365日の電話相談「よりそいホットライン」の運営(2年間)を経て、2013年からは名古屋市子ども・若者総合相談センターの運営を受託。居宅介護事業所の立ち上げやアウトリーチ型のボランティアバンク、ワークショップや調査事業と、数多くの事業を自主事業、補助事業、委託事業など様々な形で実施してきた。常に大事にしてきたのは、困難を抱えた人を中心に物事を考え、組み立て、寄り添うという姿勢だ。「事業や経営には本当に疎くて、非常識なこともたくさんしてきました。でも、本当にたくさんの方々に支えていただいてきました」。

そんな渡辺さんには、今、どんな景色が見えているのだろうか。

数年前、大学生に向けた講演会の中で、渡辺さんの転機になった「おにぎり事件」にも触れたとき、学生さんから「今の渡辺さんはそのお母さんを救うことができますか?」と質問をうけた。「個別具体的なことで言えば、今だったら救えるんです。これまでの経験やたくさんの方々とのネットワークの中で、そのお母さんと出会うことさえできれば、その状態を脱する応援はできる。でも一方で、出会えなかったら、そしてそのお母さんのような方を生み出し続ける社会である限り、救えていない、救えないとも言える」。本当の意味で、自分一人が頑張って誰かを支える支援から、チームへ、組織へ、地域へ、ネットワークへ。次の世代の若い人たちが、次の時代を創るのを支えることも自分の役割ではないか、と思い始めているという。

最後に渡辺さんが愛するミュージシャン、中村佳穂さんのライブに行ったときの出来事を教えてくれた。「MCの中で彼女が『どんなに苦しい時も、みんなで丘を越えて行こう。いつも美しい丘を越えよう。そう決めて丘を登ったら待っていたのは、次の美しい丘だった。目の前に次の美しい丘があるのは、美しい丘を仲間たちと美しく越えたからなんだということを忘れない限り、わたしたちは優しくいられる』って、リズムに乗せて…、歌うように表現されていて。その瞬間、打たれてしまって…衝撃でした」。

渡辺さんが歩んできた道は、決して平坦ではなかった。ただ、ひたむきに歩んできた道のりが、いつしか多くの人から期待を寄せられるようになり、その反面、誰かをがっかりさせてしまうことも増えたと渡辺さん。それでも。少しきつい坂道も、途中で降り注ぐ雨も、突然の風も、土のぬかるみも、すべてが美しさのひとつの形であるとするならば、世界はきっと優しい。わたしの優しさを諦めないために、世界の優しさを諦めないために、渡辺さんは仲間とともに美しい丘をこれからも越えていく。

■ 取材/久野美奈子(起業支援ネット代表)・石黒好美(フリーライター/社会福祉士)
■ 文/久野美奈子
■ 写真/丹羽俊策
会報誌aile108号(2019年12月号)掲載

一般社団法人草の根ささえあいプロジェクト
■事業内容
・名古屋市子ども・若者総合相談センター
・居宅介護事業所でこぼこ
・環境支援型就労支援/名古屋市若者・企業リンクサポート事業
・社会的孤立や貧困に関する各種調査、ワークショップの開催、講演 他
■理念
 「誰もがありのままを認められる暮らしの中で、ひとりひとりの小さな一歩を大切にしあえるやさしい社会」を目指します。
■連絡先
 E-mail: kp.grassroots@gmail.com
 URL: http://kusa-p.net/
 FB: https://www.facebook.com/grassroots.p/

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