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【特別インタビュー】会報誌「aile」vol.108 番外編

会報aile108号(2019年12月号)番外編

それぞれの轍の中で~納得と必然性に根差して生きる

湯浅誠(ゆあさまこと)さん
社会活動家

社会活動家・湯浅誠氏。どの時代に彼を知ったか、彼と出会ったかによって、その印象が大きく変わる人かもしれない。

1990年代半ば、東京大学大学院生だった20代でホームレス支援に関わるようになり、2002年「自立生活サポートセンターもやい」(以下、もやい)を設立し、ホームレスの人々とともに働く便利屋事業や生活困窮に苦しむ人々の相談支援活動を展開。当時、日本国内の「貧困」は、社会課題として認知されていたわけではなかったが(2006年、当時総務大臣だった竹中平蔵氏が「社会的に解決しないといけない大問題としての貧困はこの国にはない」と発言)、 2007年に反貧困ネットワークを設立、2008年には『反貧困「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)を出版、リーマンショックとそれに続く「派遣切り」の中、年末年始に展開された年越し派遣村では村長を務めるなど、当事者の支援とともに貧困問題を「可視化」することに力を尽くしてきた。2009年からは内閣府参与に就任し、パーソナル・サポート・サービスや寄り添いホットラインといった社会的包摂政策の推進にも従事。2012年に内閣府参与を辞任したのちは、大学教員として教育に携わりつつ、こども食堂の推進に関わるようになり、2018年にはNPO法人全国こども食堂支援センターむすびえを設立、理事長に就任した。

その折々で湯浅氏が見てきたこと、感じてきたこと、発見したこと、世に伝えたいと思ったことについては、すでにご自身の著書や様々な媒体への執筆、インタビュー記事等で発信されており、少しでも社会をよくしたい、社会問題の解決に貢献したいと考える人々に多くの影響を与えてきた。

ただ、そうした情報に触れる度、わたしはいつもその中では「語られていない」ことが気になっていた。この時代を生きるひとりの人間としての湯浅氏が、なにを得て、何を手放してきたのか。そのときに何を感じてきたのか。常に時代の先端の課題に向き合うその営みは、孤独な旅ではないのか。それはわたし自身の興味関心であり、このインタビューも、湯浅氏のこれまでの取り組みや考えを伝えることではなく、その興味関心を軸に構成されている。

(なので、湯浅氏の取り組みを知りたい!という方は、ぜひその著書を読んでください。)

オススメ本

  • 『反貧困 「すべり台社会」からの脱出』〈岩波新書〉、2008年
  • 『ヒーローを待っていても世界は変わらない』朝日新聞出版、2012年
  • 『「なんとかする」子どもの貧困』角川新書、2017年

ここ数年、社会的な課題に取り組む人や組織の中で、様々な矛盾が表出しているように思う。そうしたことを時に遠くから、時に近い距離から見聞きする中で、「人間ならだれもが持つ未熟さや不完全さ、特に自己実現欲求や承認欲求が、社会課題解決という大義や、“正しさ”と結びついたとき、新たな社会課題や分断が起こるのではないか」と感じてきた。

そんなとき、湯浅氏の話を聞いてみたいと思った。メディアを通じて、またイベントや会議でお見かけする湯浅氏は、自己実現欲求や承認欲求からは無縁のように見えたし、一方で、その先進性から常に批判の矢面にも立ってきた人だと思ったからだ。どうしてそのように生きられるのか、を知りたいと思った。

インタビューを振り返ると、空を大きくはばたく鳥に向かって「どうして大地に根を張ろうと思わないんですか?」と繰り返し尋ねるような、未熟な問いを重ねる時間になったと思う。その答えは「だって鳥だから」という他にはないというのに。
一方で、この時間は「では、自分はどう生きるのか、どう時間を、エネルギーを、命を使っていくのか」を痛烈に問い返される時間となった。限られた時間の中、インタビューの最後の尻切れトンボ感はあるし、聞きたかったことの簡単な答えはもらえなかったけれど、妙に清々しい気分である。

常に社会と対峙し続け、民主主義の一員としての自らを自覚し続ける湯浅氏から学ぶ、貴重な時間をいただけたことに、心から感謝したい。
(NPO法人起業支援ネット代表理事 久野美奈子)

こども食堂はインクルーシブ・ダイバーシティへの挑戦

-ここ数年、こども食堂の推進に取り組んでいらっしゃいます。

湯浅誠氏(以下、湯浅):まず時代をどう見るかという話なんですけど。昭和・平成・令和と時代が進む中で、単純化して話すと、昭和はみんな一緒に頑張る時代。であるがゆえに真四角じゃないと認められない。それで成功したこともいっぱいあったわけですけどね。

で、平成はダイバーシティの時代。みんな違ってみんないい、女性も障害者もLGBTも認められてきた時代だった。ただノンインクルーシブ・ダイバーシティで、多様性は認めるけれどつながり方がわからない。今の学生を見ていても、面と向かって差別的なことを言う人はいない。でも、敬して遠ざける。文字通りの敬遠です。これはノンインクルーシブだなって。ダイバーシティは存在の問題。インクルージョンは意思と工夫の問題なので。全然別の問題なんですよ。

-なるほど。

湯浅:ノンインクルーシブなままダイバーシティが進んでいくと、住み分けができない場所でひどいことが起きる。令和の展望としてはインクルージョンだと思っています。インクルーシブ・ダイバーシティ。そこに向かっていくために、こども食堂は最高の実験場、訓練場だと思っているんです。令和の時代に魂を込めるためにも、平成の最後ぐらいから始まったこども食堂のムーブメントは試金石で、そういう意味でコミットしているという感じです。

-湯浅さんは、こども食堂は貧困支援から始まったわけじゃないということを、繰り返しおっしゃっていますよね。今のこども食堂の「見られ方」については、どうお感じですか?

湯浅:こども食堂=貧困支援というイメージは、だいぶ払拭してきたものの、やっぱりまだまだですね。それはこっちの責任でもあって。こども食堂のコアバリューは、多世代交流だと思っていますが、その価値をちゃんと示せていないんですよね。なのでもっと強いイシューに引っ張られる。貧困対策、子育て支援や虐待防止、地域活性化、高齢者の健康づくり、孤食対策…。それぞれ社会的にそれなりに定着したテーマなのでそっちに引っ張られるんですよね。

-でも、実際のこども食堂の展開自体は、多様でいいと。

湯浅:まったく問題ない。というか、そんなことを偉そうに指導する資格がない(笑)。みなさん、ボランティアで自分でリスクをとって運営しているわけですから。

-そうすると、こども食堂の総体としての価値を発信していくことがご自身の役割だと思っていらっしゃる?

湯浅:そう、ですね。やってる方達も迷いながら悩みながらやっているので。前にこども食堂の類型(※編集注:こども食堂をコミュニティ志向-個別対応志向、共生型-貧困対策型 の2軸で整理)を整理したら、ものすごく反響があった。現場の方たちは自分のやっていることの価値や意義を自覚しているとは限らないので、そういうのを整理できるといいかなとは思います。

-こども食堂の担い手について、例えば福祉や生活困窮者支援なども、最初はボランティアから始まった分野も多いと思いますが、なにか違いを感じられることありますか?

湯浅:困窮の分野はそれなりにプロになってきましたよね。こども食堂もしばらく経てばプロが出てくるかもしれないですけど、まだよくも悪くも素人。困窮も最初は私も含めみんなド素人。福祉の勉強なんてしたことなかった。でもそれなりに年数を重ねて、制度化されるとやっぱりそれなりにプロになっていく。それで得られるものも失うものもある。そういう風に時代は流れていくんじゃないですかね。だから子ども食堂がインフラになったらまた次の課題が見えるでしょうね。

-そうしたら湯浅さんはそっちに行くかも?(笑)

湯浅:行く……、かも…?(笑)

一人ひとりの轍(わだち)を生きる

-そういう、新たな課題、まだみんなが気づいていない課題の方に向かってしまうのは、そういう習性なんですか?

湯浅:んーーー。「社会」を考えてきましたので。

-ずーーーーっと?

湯浅:ずーーーーっと。それだけです。これが時代的にどういう流れの中にあってどういう意味をもつのか。自分はホームレス支援から始まりましたけど、ホームレス支援が世の中で一番大事なことだと思っているわけじゃない。様々な課題、様々な困難な中にある人の支援はすべて等価に重要だと思っています。全部には関われないので、自分がそれなりに役割を果たせるテーマをその時々に選んで、っていう感じですね。

-人間、自分が関わっている問題の方が社会の中で大事だって思いがちなのを湯浅さんはどうして超えられるのかな。突然ですけど、どんな子どもだったんですか(笑)。社会について熱く語るような子どもだったんですか?

湯浅:それはないです(笑)。生徒会長とかクラスの委員長とかからは逃げ回っていたタイプですね。

-それは意外です。

そうじゃない方がやりやすい感じがしたんですよね。先生と生徒の間に立つときに肩書を持っちゃうとやりづらいみたいな。当時そんな風に言語化していたかどうかはともかく、感覚的にそんな感じだったかもしれない。

-ある社会問題や世の中の景色が、まだ自分にしか見えていないという状態は、孤独ではないんですか?みんなはなぜわからないのか、と思ったりすることはありませんか?

湯浅:寂しいってことはないです。キャリアって車の轍(わだち)、人生の轍ですよね。世界に70憶人いますが、今、この瞬間にこの風景を見ているのは70憶人の中でも私しかいないんです。こういう1秒1秒の積み重なりで私ができていて、それで50年経った。15億秒生きてきたんですよね。だから私でも誰でも、オンリーワンじゃない人はいません。

オンリーワンって目指すものじゃなくて存在なんですよね。存在そのものがそうなんです。人それぞれが歩んできた轍に価値の上下がないことが民主主義。私は民主主義を支持しているので、私もそこには価値の上下を設けない。

-もう決めているんですね。それは意思ですか?

湯浅:まあ意思ですけど、意思も長く持っているともう習慣になります。

納得性と必然性

-孤独で当たり前っていうことなんでしょうか?

湯浅:いや、オンリーワンであることが孤独であるとは思っていないんですよ。オンリーワンの人たちが繋がっているのが地域であり社会で、その繋がりがあるかないかで孤独だったり孤立だったりが生まれていく。で、人それぞれに「納得感」というものがあって。それは必ずしも自己満足の話ではないんです。「納得感」には、その人の轍しだいでいろんなモノや要素が織り込まれているので、「結果を出さないと納得できない」という結果主義の納得感もある。いずれにしろ、その人が納得しないとその人は動かない、じゃあその人の納得感はどこから来ているのか?っていうのはやっぱり重要になってくる。

-そこを探っていくのが面白いんですね。

湯浅:面白い。ここが一番面白いと思う。チャレンジですよね。生活困窮の人と出会う。自分が思いもかけないような人生をたどってきて、思いもかけない発想をしている。ほう、そう来るか!という感じ。それが面白い。

-そこを面白がるのは昔からの気質でいらっしゃる?

湯浅:障害のある兄がいて、いろんな人達が家を出入りしていたし、兄の養護学校に行けば立ち上がって歩き回る子も、よだれ垂らしてる子も、奇声を発する子もいる。人間って様々だなって幼心に思っていましたから。そういう感じは兄のおかげです。

-より遠い所へ遠い所へと向かっていらっしゃるように見えます。

湯浅:NPOでやってるときって内から広げていくイメージなんですよね。少しずつ仲間を増やす、みたいな。それでできることもいっぱいあるんだけど、だけどそれだけでは政策は動かないことも知った。社会を変えようと思ったら、もうちょっと遠くにリーチしないといけない。

私は自分で思いつくことはやってきたと思っているんです。「自分で思いつくことは形にしてきたけど、それじゃダメだったんだ」っていう総括なので、そうすると“自分で思いつかないことを思いつかないといけない”という結論になりますよね。

-論理的にはそうですよね。

湯浅:なので他人に聞こう、自分に思いつかないことを言う人が言うことをしようと決めて、異業種交流のようなところに顔を出すようになりました。そこである人が「あんたそんなこと言うんだったらまず格好から変えてみたら?ちょっと怖いよ」と言われて。2013年にスタイリストをお願いして、見た目を変えました。そんなこと、自分では考えたこともなかったので採用したんです。

-新しいことにどう切り込むか、どう立ち上げていくかが一番活かされる場所ですか?

湯浅:活かされるのかはわからないですけど、好きですね。貧乏性なんですよねぇ。やらないともったいない!って感じになってくる。全員の合意を取るのを待っている時間がもったいなくて、やれる人でやろうみたいな。

-そうすると、その次のところに行かれた湯浅さんからは、たとえば路上生活なら路上生活の支援、生活困窮者支援なら生活困窮者支援に留まって頑張っているかつてのプロジェクトメンバーや仲間たちはどう見えていますか?

湯浅:それはいつも言われます。もやいをやったときは路上を捨てるのかと言われ、便利屋を始めたときは仕事できる人たちを相手にしたってしょうがないだろうと言われ、貧困の問題やっているときは便利屋どうするんだと言われ、内閣府のときは民間を捨てるのかと言われ。

-言われ続けている(笑)。

湯浅:言われ続けていますが、それがそう言う人の必然性ならそれでいいんです。私、自分でも10年前だったら自分の決断が理解できなかったと思う自覚があるんですよねえ。今のふるまいを10年前の私は理解できなかっただろうなと。なので、ある意味では、別の轍を歩いている人が理解できなくて当たり前だとは思います。ただ、それがその人のどういう納得感に繋がっているかは気になる。つまり、俺がやっているのにお前がやらなくなったのは気に入らないのだとすると、究極するとお前が俺じゃないのはけしからん、ということなので。その納得感のあり方に課題はあるかも、と。

でもそれが、本人のいろんな意味の納得感に位置付いているなら、たとえばそれを言うことで自分のフォロワーを増やす、とか、今はそういう時期だとか、そういうことでやっているんであればいい。

-むしろそこに戦略・戦術があってほしいっていうことですか。

湯浅:はい。その人がなにを目指すかっていうことに関わってくるので。

-そうか~、やっぱりそっちにしか興味がないのか。みんなは、湯浅さんと一緒に仕事したかったっていう想いなのではないかと勝手に推測するんですが、そういう整理ではないんですね。

湯浅:それもよく言われましたけどね。でも、それは私が返す言葉は決まっていて、「俺がいなくて続かないんだったら辞めてしまえ」と。辞めたあとにも同じ路線を引き継いでほしいとかまったく思わないんですよ。その場にいる人間の納得感でやればよくて、なんかそういうこと言うと縮小再生産にしかならないと思っているので。

-この組織を守ってね、大事に引き継いでね、みたいなことは…

湯浅:ほんっとに思わない。と、いうか重い。そういうことを思われていたら。

-くぅ、切ない。でもそういう風に思ってしまうリーダーの気持ちは理解できますか?

湯浅:まったく理解できます。それはそれで大事なことだと思っていて。NPO業界でも、カリスマ創業者が30年頑張っているような組織がたくさんある。大事な活動をしている人たちもたくさんいるし、とても尊敬しています。私のやり方はまた別というだけで。

自分自身を相手にしない

-社会的な課題の理解を進めたいというようなことは24時間365日考えていらっしゃる一方で、自分のことを理解してほしいという欲はまるでお持ちでないように見えます。

湯浅:自分自身を相手にするモチベーションは低いです。私は社会を相手にしているつもりなので、自分みたいなちっちゃいものを相手にしてもしょうがないという感覚。私よりももっと影響力のある人を相手にするならわかるけれども、という感じですね。私は私を相手にしないなあ。

-相手にされていないですねえ。その代わりといっていいのかどうか、目の前にいる人には関心を向け続けていらっしゃいますね。

湯浅:左脳的な発言なんですけど、やっぱり主権者ってどぶ板をやらないといけないと思うんですよ。民主主義はどんな人も1票持っているので、やっぱりその人たちの見え方をふまえてやるっていうのは、いわゆる政治家のどぶ板です。私は主権者なので、政治家以上にどぶ板をやらないといけない、という思いはあります。

-だからその人にとっての見え方を知りたいということになるんですね。どう主権者としてふるまうか、それがどう目の前の人に対峙するときの作法につながるかというのはどのように身につけられたんですか?

湯浅:兄の存在もホームレスのおっちゃんたちとの付き合いも大きかったと思います。兄の存在は私にとっては意識的なものではなく環境でした。それを本当に意味でとらえ返したのはホームレスのおっちゃんたちと付き合っているときだと思います。時期的にも20代後半から30代前半で世界観を形成する時期だったというのもあって、結局全部あそこから今のものの見方も考え方もすべて派生していると思います。具体的なやりとりから感じることもあったし、他方で社会にこの問題を訴えていかなければならないとも思っていたので、これはどう言えば社会にブリッジできるのか、ということはずっと考えてきた。毎日顔を合わせる人たちがいるので、そこから離れて物を言うと「なに言ってんだ」となる。

-ちゃんと監視が働くというか。

湯浅:その中ですごい発見があったりするんですよ。なんでホームレスになったんだろうね、みたいな話になったときに、みんなは「俺がダメだからだよ」「俺が甲斐性なしだからだよ」とか言うわけ。なんでそうなる人とならない人といるんだろうね?って酒を飲みながらぐちゃぐちゃ話していると、「やっぱ踊り場がないんだよね。階段が転げても踊り場があればそこで止まるけど、なんか止まんなかったんだよね、俺ら」みたいな話になって。そこから「溜め」という概念も生まれたんです。

他方で大学院があったから、そういうことを考え、言語化・文章化できた。そういう意味で轍だと思うんです。兄がいて、ホームレス支援があって、大学院があって、文章があって、文章でメディアにでるようになって、反貧困ネットワークがあって、派遣村があって内閣府があって。でも、自分で回してきた感じは全然なくて、そういう要素が繋がって重なってこういう轍になった。でも、時々の選択は自分の納得感と必然性に従うようになるべく努力はしてきた、というわけです。

感情は箱に入れておく

-最後にもう一度お聞きしたいんですけど…、湯浅さんにとって「仲間」ってなんですか?湯浅さんの中でこっちの方が自分は納得できると思って選択を変えていったときに、今までの仲間との葛藤はないですか?

湯浅:なくはないですよ。先日、川崎市で起こった事件について、私が書いた文章が、一緒にやってきた人たちから批判されたことがありました。「死ぬなら一人で死ね」と思っている人たちに対して、「一人で死ねよって言いたくなる人の気持ちもわかる、だけどね」みたいなテイストでは、自分のアイデンティティが本当はこちら側にあるのが読み手に分かってしまう。一度、「一人で死ね」という感情に対してこちらの感情も乗っけた上で展開をしないと、その人たちの中に別の意見を入れるスペースが生まれないと私は思っていて、「一人で死ね、本当にそうだ。」という書き方をしたんです。

でもそれは、理解されないわけですよ。わかってくれてたら嬉しいですけど、しょうがないですよね。先ほども言ったように、私を批判することで彼らがなにを獲得しようとしているのか?そこが問題だ、という感じですね。

-獲得しようとしているものがあってほしい、それがいいものであってほしいという願いというか。

湯浅:それが位置づいているんだったらなんの問題もないけど。「こいつはなんでこれを言ったんだ?」と、そこにどんな意図が、考えがあったんだ?って考えてくれたら嬉しいけれども。そこを考えたうえでの発言だったらいいなっていう感じ。

-そういう「しょうがないな」と思うとき、一人でしょんぼりお酒を飲んだりするんですか?感情は箱に入れておく感じ?

湯浅:1人では飲まないです(笑)。そう、箱に入れておく。機会があったら話そうって思うぐらいかな。そのために今、時間を割くぐらいなら、自分にとってやらなきゃいけないことをやりたいからそっちを優先する。まぁ感情に振り回されるというのはない方なんでしょうかね。眠れなくなることもまずないですしね。そんなに自分で努力している感じはないです。

-湯浅誠サイボーグ説ですね(笑)。

湯浅:え?サイボーグ!?

-すみません。そこがやっぱり謎で。ここでお時間になりました。謎は解けませんでしたが、それこそがもう轍であり、今ここに存在している湯浅誠っていう人ってことなんですね。ありがとうございました。

(取材:久野美奈子・石黒好美 文:久野美奈子 写真:梶景子(となりのデザイン) 協力:川口綾)

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