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起業物語 [aile vol.100]

命ある限り”健口(けんこう)づくり”を伝える活動を続けていきたい

中村和子(なかむらかずこ)さん はねっと 代表(歯科衛生士)
名古屋市の保健所にて30年勤務。起業の学校一期生としてコミュニティビジネスを学ぶ。
2006年に退職し、地域に根ざした歯科衛生士として起業。以来、赤ちゃんから高齢者まで、地域で“健口”づくりを伝える活動を続けている。2016年には再び起業の学校後期課程に入学。
2017年子どもの健口づくりを綴った冊子「元気なお口の育て方」を出版。趣味は出会った人の輝く運命を「マヤ暦」で調べること。

歯科衛生士といえば、多くの人が歯科医院で仕事をする姿を思い浮かべるだろう。しかし、中村和子さんは歯科衛生士として40年のキャリアを持ちながら、一度もクリニックで勤務したことはない。起業し独立して活動する歯科衛生士なのだ。

「『女性でも手に職をつけて、働き続けられる仕事を』と考え、偶然見つけた歯科衛生士の専門学校に進学することにしたんです」

高校卒業後、専門学校には通ったが、中村さんは人の口の中を触ることがあまり得意ではないと感じていた。同級生のほとんどが歯科医院に就職する中、中村さんは名古屋市の保健所が歯科衛生士を募集していることを知り、公務員となった。

保育園での歯みがき指導や、母親教室で口のケアについての講座。保健所では歯に関する仕事のほとんどを任された。折しも働き始めた1970年代は、子どものむし歯が急増し「むし歯の大洪水」とまで言われた時代だった。

中村さんは、勤務している地区の子どもに特にむし歯が多いことに気づいた。調べてみると、他の地区に比べて保健所へのアクセスが悪く、むし歯予防のためのフッ素塗布を受ける子どもが少なかったのだ。そこで、保健所に子どもが来所するのを待つのではなく、自ら保健所の分室に足を運び、より子どもたちに便利な場所でフッ素の塗布を始めた。この活動が功を奏して、3年後には他地区と同程度まで、むし歯の子どもを減らすことができた。

「こんなに問題だと言われていたことでも、きちんと対策すれば子どもの歯を守ることができる。そう気づいた頃には、歯科衛生士の仕事が大好きになっていました。」

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自ら歯科医院を立ち上げたい

保健所で働き始めて20年が過ぎた2002年、中村さんは福岡で予防に特化して設立した「NPO法人Well-Being」と出会った。Well-Beingは子どものむし歯予防だけでなく、成人の歯周病など様々な年代に合った活動を展開していた。さらに、予防に取り組むうえで、歯科衛生士が歯科医師のパートナーとして位置づけられていることにも感銘を受けた。歯科衛生士の仕事は医師の診療の補助のみだと思われがちだが、歯の健康を守る「歯科保健指導」もその重要な業務のひとつだ。しかし、積極的に保健指導に取り組んでいる歯科衛生士はとても少ないと感じていた。

歯科衛生士が自立して活躍し、子どもからお年寄りまで地域で歯の健康を守る活動ができる。これこそ自分が求めていたものだと、中村さんはWell-Beingの研修に参加するため福岡に通いつめた。そして、自ら起業し名古屋でも予防歯科医院を立ち上げたいという思いが高まった。

そんな時、起業支援ネットが無料の起業相談を開催していることを知った。「仕事を辞めて歯科医院を作りたい」と言う中村さんに、当時の代表だった関戸美恵子は「仕事は辞めなくていい。公務員の立場で、あなたにできることがまだあるでしょう」と諭した。「当時から起業支援ネットは『起業ありき』という考え方ではなかったのでしょうね」。

悩んだ末に見つけた理念

その後「起業の学校」を始めた関戸に誘われ、一期生として入学。予防歯科を作りたいという一心で臨んだが、中村さんにとっては辛い日々が続いた。

「学校のワークも課題も本当に苦手で、毎日泣いていました」と中村さんは当時を振り返る。「でも、ここで諦めたら起業できない。とにかく卒業しよう、と頑張りました。」

しかし、回を重ねてもいっこうに前に進めない。自分が本当にやりたいことは何だろう。自問自答を重ね続け、最後の卒業試験の直前に、やっと「あなたの健口づくりを応援したい」という理念にたどり着いた。

「私がやりたいことは『食べる・しゃべる・笑う』ことができる『口』の健康を守ることだと気づいたら、とてもすっきりしたんです。歯のトラブルを予防することはその手段のひとつだと。歯が一本もないおばあちゃんでも、好きなものを食べて笑顔で暮らしていられる―それを応援することが、私の目指すところだと思うんです」。

また、起業の学校の授業の中で、歯科を取り巻く状況について現状把握を行ったことも、中村さんにとって大きな一歩になった。

「歯科医療の動向を調べてみると、世の中の歯科はこれから予防中心になっていくだろうということが分かりました。それならば、私がわざわざ苦労して開院する必要はないと気づきました」。

試行錯誤と出会いを重ねて

「健口づくりを応援する」という理念を発見し、開院しなければならない、というこだわりから放たれたことで、中村さんの「事業を起こしたい」という気持ちはますます高まった。起業の学校を卒業後、2006年の3月に保健所を退職。4月にはCOMBi本陣に事務所を構えた。COMBi本陣はNPOと創業して間もない企業が入居する名古屋市のインキュベーション施設で、起業支援ネットが市からの委託を受けて運営していた。

「事務所の階段を降りたら起業支援ネットの事務所があり、いつも関戸さんにお話を聞いてもらえる。とても幸運なスタートだったと思います」

しかし、最初から具体的な仕事が決まっていたわけではない。歯科衛生士が独立するという前例はほとんどなく、仕事の取りかたも分からない。研修講師の仕事を少しずつ請けていたが、十分な収入にはならなかった。誘われるまま、住宅展示場でのカルチャー講座のコーディネートなど、歯科衛生士とは関係ない仕事をしたこともある。

「先生方が創意工夫をして講座をしていることに驚きました。保健所で保健指導をする時、私は『医学的に正しい知識を伝える』ことしか考えていなかったんです。それからは、どんな伝え方をしたら人が集まるか、自分ならではの講座ができるかということを考えるようになりました」

中村さんは空いている時間を生かし、今までとは違う分かりやすい教材づくりを始めた。作った資料を起業支援ネットに持ち込んでチェックを頼み、講座の謝金の金額についても相談した。そして、COMBi本陣に入居しているNPOや、起業支援ネットの卒業生や会員企業のネットワークを生かして、少しずつ「健口づくり」につながる仕事を増やしていった。

広がる共感の輪

2014年には「起業の学校」の10周年を記念する講演会があった。中村さんにとっても起業して10年の節目となる年だった。

「関戸さんが10年を経て、また新たなチャレンジをしようとする姿勢に刺激を受けました。自分もこれから、何を目指していくのか。もう一度勉強してみようと思ったんです」

そんな思いから、この年から始まった「起業の学校」の後期課程に入学。まずは自身が起業してからの歩みをまとめることになった。一期生の時には辛くてたまらなかったが、今回は全く苦しまずにできたと中村さんは語る。「10年間で先生方が私のことをよく分かってくれて、無理なく取り組める方法を考えてくれたのでしょうね」。

10年を振り返る中で気づいた自らの転機が、春日井市で子育て支援に取り組むNPO法人「あっとわん」の情報誌に、子どもの健康についてのコラムを執筆したことだった。「20回の連載を通して、自分が歯科衛生士として本当に伝えたいことは何か、という考えがまとまったんです」。さらに、この連載をコピーした冊子を配り始めてから、講演の仕事が急増していた。

中村さんが歯の健康のために伝えたいことは、噛んで食べることの大切さだ。食べやすいようにと小さくしたり、柔らかくしたものばかり食べさせることで、子どもの顎が発達せずかみ合わせも悪くなる。特別なケアよりも、毎日の食事でよく嚙む習慣を、という中村さんの記事は好評を博し、研修講師の依頼が増えたのだった。

そこで中村さんは、冊子をきちんと製本して売り出すことにした。こうして2017年2月に発行したのが「元気なお口の育て方」だ。定価は1冊1,000円。「10冊まとめて注文すると、60分の健口講座が1回付いてくる」というユニークな販売方法をとっている。

「最初は500円で売ることも考えました。でも、安くして多く売ることが必要なのか?と思ったんです。大切なのは、子どもの口が元気に育つ知識をきちんと分かってもらうこと。そう考えた時、この売り方を思いついたんです」

「元気なお口の育て方」は半年足らずで500冊を売り上げた。初めはこれまでに講師をした団体の人たちがFacebookで紹介してくれた。投稿を見た人が本を注文し、講座に参加した人がまたSNSで紹介する…と、中村さんの思いに共感する人の輪が広がった。「本屋さんに置いてもらうより、誰が買ってくれるか分かるのがうれしいんです」。最近では歯科医師の目にも留まり「患者さんに配布したいから、100冊送ってほしい」という問合せもあった。

思いに任せて起業してから10年。自分がどうしていいか分からず、寄り道をしているように感じたこともあった。それでも、出会った仕事を一つずつ丁寧にしてきた結果、「かけがえのない宝物を得ることができた」と中村さんは言う。

「色々な仕事を経験して、私は『自分にできることしかできない』と気づきました。でも、それは決して『楽な道を選んできた』ということではないんです」

細く長く活動を続けたい。分かってくれる人に届けばいい。自分にとっての「起業」は会社を作ることではなかった。しかし、それは決して平たんな道のりではなく、自身の可能性と限界の両方に向き合う過程でもある。中村さんが起業支援ネットと共に歩んできた10年は「身の丈の起業」とは何かを常に問い続けた10年でもあるのだろう。

「起業の学校で学んでいなければ、今の起業のかたちはありませんでした。私は本当にこの仕事が大好き。命の続く限り、健口づくりを地域で伝える活動を続けたいです」。

■ 取材・文/石黒好美(フリーライター/社会福祉士)
■ 写真/河内裕子(写真工房ゆう)
会報aile100号(2017年9月号)掲載

はねっと
■事業内容
・健口教室・講座の開催
 赤ちゃんから高齢者まで、今日から役立つ健口づくりを学ぶ
・研修会
 健口づくりに関わる歯科衛生士、保健師、栄養士、保育士、養護教諭など、様々な職種の方々を対象にした研修会
・情報発信・情報共有
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■理念
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■連絡先
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