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起業物語 [aile vol.96]

身の丈に徹するということ

谷 陽子さん
オーガニックカフェ&ギャラリー空色まが玉
1949年生まれ。名古屋市内の洋食屋を営む祖父母と両親のもとで幼少期を過ごす。小さいころからものづくりが好きで、染色の専門学校に進み、染色関係の仕事に就くが、すぐに結婚し退職。三男一女の子育てをしながらパートで様々な仕事をする。自分で何か仕事を始めたいと思い、起業支援ネットの講座を受講。起業準備と勉強のため、ライブハウスの厨房に入り、玄米採食のランチを担当したのち、2000年東区に宅配弁当の店を出す。
2002年12月、千種駅近くに店を移し、「空色まが玉」をオープン。

久しぶりに谷さんに会いたい、と思った。
2000年に「空色まが玉」を立ち上げ、2002年に現在の場所でオーガニックカフェをオープンされた谷陽子さん。入れ替わりの激しい飲食業界。2000年代、オーガニックやマクロビオティックを謳った店も多く生まれたが、その歴史を閉じていった店舗も決して少なくはない。そんな中で、都会の大通りから一本入った静かな住宅街の路地に面した「空色まが玉」は、今日もその時間を刻んでいる。なにかその秘訣があるのかな?あるのであれば、それを知りたい。そんな気持ちで取材を申し込んだ。

取材当日は傘をさしていても、全身が濡れてしまうような激しい雨の日だった。その雨から逃げ込むようにお店に入ると、そこでは絵手紙の教室が開かれていた。一歩、お店に入った瞬間、その優しい照明に、そこにいる方々の笑顔に、時間の流れが変わったような気がした。そうか、わたしはこの時間を味わいたかったのかと思った。

「いやいや、起業とか経営とかって、自分には全然縁のない言葉だと思っているのよ。本当に小さく続けているだけだから、あはは」と笑う谷さん。お店を始めてから、経営は「ずーっとずーっと苦しい」のだそう。今回の起業物語は、いつもとちょっと趣向を変えて、谷さんの言葉で綴っていきたい。

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――長く続けてこられていますよね。でも順風満帆というわけではないですよね?(笑)

そりゃぁもう!順風満帆なわけがないでしょ(笑)。でも、大きくしたいとか、多店舗展開したいと思ったことはありません。わたしの仕事は食べ物をつくること。体に入るものだから、人任せにはできないの。わたしの責任の負える範囲、この体ひとつでできる範囲でやろうと思っています。本当に身の丈です。大きい身の丈の人はやれると思うけど、わたしはだんだん年をとってきて、だんだん動けなくなってきて(笑)、営業時間も短くしながらどんどん縮小しています。

今67歳かな。60歳を過ぎて、ちょっとずつ体がしんどいなと思うようになってきて。朝起きたらそのまますぐに仕込みに取り掛かれていたのが、すっとは動けなくなってきた。はじめは、自分がそういう状態であることに気づかないまま、気張ってやったの。そうしたら、どどっと疲れがくるっていう風になって、これはダメだなと。ゆるゆるだらだらとやっていけるようにと思ってやってきました。

――でも、起業家とか経営者って、だれでも気張ってやってしまいがちですよね?

若いうちは気張れるんですよね。調理って体力勝負のところもあるんだけど、お料理って、いや、仕事って、どんなことでも自分の身を削っているわけでしょ?ダイレクトに出るんですよね。昔は、わたしのつくるものの味も、気張っていた味だったと思う。今は、本当にゆるいばぁちゃんの味っていうか。料理って、自分の姿勢が全部出てきちゃう。カチカチにやっていたらダメなんですよね。相手の身体に入って、その人の身体になるものですから。そういうものだっていうのがだんだんわかってきてね。とにかく始めた時は無我夢中で、それからだんだん時間が経ってきて、今、やっとちゃんと料理をつくっているのかもしれない。

――空色まが玉の店舗は築160年の米蔵を改装したもの。それでもいつも空気が古びないですよね。

もともと古いからね(笑)。何度も模様替えもしています。飽きちゃうんですよね、ずーっとここにいるから。少し経つと変えたいって思うんです。

――もともと空色まが玉を立ち上げたきっかけは?起業支援ネットの講座を受けられたんですよね?

どうして講座を受けたのかは忘れちゃった、ごめんね(笑)。絶対に起業しようとかっていう意気込みでもなかったと思う。ただ、“食べるものに関わること”っていうのは、それ以外には選択肢はなくて、自分ではこれって思ってた。

最初は、知り合いに頼まれてお弁当をうちの台所でつくって届けたりとか、集まりの時に大皿料理をつくったりしていました。どうしてそんなことになっていたんだろう、それも思い出せない(笑)。そんな依頼がだんだん増えてきて、自宅の台所では無理でしょっていう頃に、偶然久しぶりに再会した友人がいて、その人が名古屋の新栄でお店をやっている人だったの。昼間にキッチンが空いていたら貸してくれない?ってお願いしたら、いいよっていうことになって。そこでちょこちょこと活動していたら、暇だったらランチもつくらないかっていう話になって、玄米菜食ランチを始めました。まだそんなにオーガニックな食事ができる場所もなかった時代です。お客さんもだんだん定着してきて、夜のパーティ料理なんかの仕事も請けるようになって、本当に楽しかったですね。

そんな頃、息子が突然交通事故で亡くなったんです。もう何が何だかわからなくなっちゃって、頭の中がぱちーんっていう状態。もう、なにかやらずにはいられない状態で、友人が場所を紹介してくれたこともあって、古い長屋を借りて「空色まが玉」の屋号でお弁当の宅配の仕事をはじめました。わからないことだらけだし、お金もないし、でもなにかしていないと生きていられなくて。それだけではじまったの。

しばらく経って、もう少しお店らしいところに移りたいなと思ってはじめたのが、今の場所です。たまたま不動産屋さんがここを教えてくれて。米蔵だったの。一番上の大きな梁がすごく太くてね。周辺はそんなに素敵じゃないんだけど(笑)、ここだけが異空間だと思って決めちゃった。もう少し商売がやりやすい立地を選べばよかったんだけどね。お金がなくて造作もできないから、友人たちに壁を塗ってもらったりしたの。それでも予定の倍くらいの金額はかかったかな。

――やっぱり食べることは生きることなんですね

うちの料理は一期一会でね。食材を見ながら、今日はどうしようかって思いながらつくるの。今日ある野菜をみながら、どうしようかなって考えるのが楽しい。絵を描くような感じ。表現でもあると思っています。レシピはないんですか?って聞かれることもあるけど、同じ野菜でも、取れる場所やその年の気候によって、その味も水分量も全部が違うから、二度と同じものはつくれない。それが毎回すごく楽しいの。

お店は今、週4日の営業です。その他の曜日に、イベントや料理教室が入ることもあるけれど、3日間しっかり休める時は、お風呂屋さんにいって、夕方になったらビール飲んで寝るっていう、そういう生活(笑)。そんな感じで続けていけたらと思っています。

子どもの頃に、銭湯の帰りに寄る、ビンのジュースが売っているお店があったんだけど、そこのお店がいつでも暗くってね。お店の奥に店番の、もう何歳かもわからないようなおばあちゃんがひっそりと座っていたの。お店がやっているのかやっていないのかすらわからない。そういう感じになってもいいなぁ、って思ってます。

――料理教室も開催されていますね

はい、月に1回で、半年間で1クールです。料理道具の選び方、包丁の持ち方、お米の研ぎ方、おだしの取り方なんかの基礎から応用までをお伝えしています。調理って、姿勢も大事なの。疲れない身体の動かし方っていうのがあるのね。生徒さんからのニーズにその時々で応えたりもします。この前は、発酵食品をつくりました。熊本地震のこともあって、いざというときの非常食にもなる干し納豆をつくったの。日持ちがするでしょ。でも、全部簡単なの。ここでやるのは、簡単にやれること。そうじゃないとできないから。こだわっているのは、もともとの素材から調理すること。自分が何を食べているのかをちゃんと理解することが大事だと思うから。

――やっぱり食べることは生きることなんですね

うちの料理は一期一会でね。食材を見ながら、今日はどうしようかって思いながらつくるの。今日ある野菜をみながら、どうしようかなって考えるのが楽しい。絵を描くような感じ。表現でもあると思っています。レシピはないんですか?って聞かれることもあるけど、同じ野菜でも、取れる場所やその年の気候によって、その味も水分量も全部が違うから、二度と同じものはつくれない。それが毎回すごく楽しいの。

お店は今、週4日の営業です。その他の曜日に、イベントや料理教室が入ることもあるけれど、3日間しっかり休める時は、お風呂屋さんにいって、夕方になったらビール飲んで寝るっていう、そういう生活(笑)。そんな感じで続けていけたらと思っています。

子どもの頃に、銭湯の帰りに寄る、ビンのジュースが売っているお店があったんだけど、そこのお店がいつでも暗くってね。お店の奥に店番の、もう何歳かもわからないようなおばあちゃんがひっそりと座っていたの。お店がやっているのかやっていないのかすらわからない。そういう感じになってもいいなぁ、って思ってます。

――――

気づけば2時間半が過ぎていた。心地よい空間の中で、谷さんの声に耳を澄まし、表情を見つめながら、手を動かし、体を使い、食べ物を通じて、お客さんと直接いのちのやり取りができる仕事をされているということに、どこか羨ましさを感じている自分を発見した。

「15年以上お店が続いた秘訣」を、ダイレクトに聞くことはできなかった。けれど、とことん身の丈に徹しながら、丁寧におおらかに生きる姿がそこにはあった。

雨はもう上がったようだ。

■取材・文/久野美奈子(起業支援ネット)
■写真/河内裕子(写真工房ゆう)
会報誌aile96号(2016年9月号)掲載

オーガニックカフェ&ギャラリー空色まが玉
■事業内容
・カフェ・ギャラリー・料理教室・イベントなど
■理念
 歩く速さで、小さな暮らしを大切に、「食べること」を通して生命をみつめる
■連絡先
 〒460-0007 名古屋市中区新栄3-16-21
 TEL:052-251-6949
 営業時間:11:30-19:00 (19:00以降は予約)
 カフェ営業日:水・木・金・土曜日 (イベントや料理教室は日・月・火曜日に開催)
 メール:pincooking@gmail.com
 *メールはお返事が遅い場合があります。

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