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起業物語 [aile vol.95]

小さくても、ゆっくりでも、自分で決めたことを信じてかたちにしていくNPOとともに育ちあっていきたい

中尾 さゆり(なかお さゆり)さん
税理士、評価士、准認定ファンドレイザー
特定非営利活動法人ボランタリーネイバーズ理事・相談事業部長・認定NPO会計税務専門家ネットワーク理事。
ナガセ経営会計事務所にて企業内起業し、NPO法人をはじめとする非営利・公益法人の税務・会計・経営相談に従事。NPO法人役職員と税理士の相乗効果を探求中。

貧困に苦しむ家庭の増加、失われゆく自然環境、多様な生きづらさを持つ人々との共生など、社会の課題は複雑化している。そんな中、非営利での社会貢献活動や慈善活動を行うNPOと呼ばれる市民の団体が増え続けている。こうした課題を自分ごとと捉え、その解決を行政だけに任せず、自らの力で、自分達の地域のニーズにあった方法で取り組んでいこうと考える人が増えているからだろう。今日では、NPOは行政や企業と並んで、社会で重要な役割を果たすセクターのひとつとなっている。

しかしながら、NPOは人員も予算も少ない小さな規模の団体が多い。社会の課題解決に取り組む高い専門性と、高い志を持った職員やボランティアスタッフは多いが、事務局業務や会計に精通したスタッフを抱えることのできる団体はまだ少ないのが現状だ。組織の運営基盤が弱いために、活動に必要な人や資金を十分に集めることが難しい団体もある。

「会計について苦手意識を持っているNPOの皆さんが多い一方で、会計専門家がNPOのことを知る機会は限られているという現状があります」と、税理士の中尾さゆりさんは語る。

中尾さんは名古屋市内の税理士事務所に所属しながら、NPO活動を通じて多くのNPOの会計や税務などをサポートしている。いろいろな団体を訪問し、スタッフの業務を支援するほか、NPOの会計に関する講座の講師としても積極的に活動中だ。

「NPOは社会で求められているサービスをいち早く開発し、必要な人に届けていくかけがえのない存在。市民によるこうした活動が上手く継続し、発展できるよう、事務を手がかりに団体を支援していきたいと考えています」。

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NPOの中間支援に飛び込む

中尾さんがNPOでの仕事を始めたのは、大学を卒業して2年ほど経った頃。税理士を目指して勉強しながら小さな会計事務所に勤めていた時に、大学の先輩から「自分が勤めているNPO法人の会計を手伝って」と声をかけられたのだ。

「当時は『企業会計とNPO会計は違う』ということも知りませんでした」という中尾さんだが、この誘いは二つ返事で引き受けた。大学時代に、まだ成立前だったNPO法(特定非営利活動促進法)を作る勉強会に参加した経験があったからだ。「社会問題を解決し、社会を変える主体となるのがNPO。そこに参加することに意味があると感じました」と中尾さんは語る。働くうちに、他のNPOでも会計や事務に苦慮していることが多いと知り、ボランティアでいくつもの団体の会計を手伝うようになっていった。

そんなときに、愛知県がNPOと協働で実施する「NPOアドバイザー事業」受託団体の公募が始まった。たまたま再会したNPO法人ボランタリーネイバーズの理事長や事務局長に「私は会計相談をやりたいのです」とお願いしてNPOアドバイザーに加わり、月に何度か会計の相談員をすることとなった。

当時はまだ「NPOの会計支援」をしている団体は珍しく、相談の手法も確立されていなかった。さらに、寄せられる相談は会計だけでなく、NPOの団体運営や活動内容に関することも多かった。中尾さん自身も様々な相談に対応できるほどの経験や知識はなく、相談を受けながら覚えていったことが多かったという。いつも大きな鞄に会計や法律の本を詰め込んで相談会場に通った。「それでも『NPO支援』に関われることが嬉しかったです」この試行錯誤が、中尾さんの専門性を確実に高めていった。中尾さんは税務申告をするだけではなく、NPOと共に事業について考えていくことができる税理士になりたいという思いを強くした。

NPOをささえる仕組みをつくる

2007年に市民の社会貢献活動を支援する基金として「あいちモリコロ基金」が設立され、そのサポート事務局の募集が始まった。NPOアドバイザーとして相談を受ける中で、多くの団体が運営資金についての課題を持っていることを知った中尾さんは「熱意とアイデアがあっても資金がない団体を応援できる仕事。私がやらなければ!」と強く感じたという。

この時、中尾さんはまだ税理士試験に合格していなかった。「周りからは『とても大変な仕事になる』『仕事よりも、税理士試験の勉強を優先すべき』と反対されました」それでも中尾さんは事務局に入った。「まだあるべきNPO支援のモデルがあったわけではありません。でも、何かをお手本にしてそのやり方に合わせていくよりも、それぞれのNPOが自分たちのいいところを伸ばして力をつけていくこと。誰かに『こうしなさい』と言われてその通りにするよりも、自分達で大事なことは何かに気づいて考えていくことが大切だと考えました。自分はそれを実現したいと思ったのです。」

やはり仕事は大変で、中尾さんが税理士になるにはさらに数年を要した。「当時、私がまだ専門家ではなかったからこそ、緊張せず、遠慮せず、本音で接してくれた団体の方も多かったと思います。税理士になるには少し遠回りをしましたが、たくさんの方と共に悩み考えた経験は、私を大きく成長させてくれました。」

現在も「あいちモリコロ基金」の申請の時期になると、多くの団体が中尾さんの待つ相談コーナーを訪れる。「助成金申請の相談は、いただくお金をどう使うかを団体の方と一緒に考え、他の人にも分かるよう説明できるようにする仕事。それは、自分達の思いに共感してくれる『仲間』を増やしていくことに他ならないと感じています。」

市民の力で作った「NPO法人会計基準」

モリコロ基金の仕事を通じて中尾さんは「NPOの中間支援とは、NPOが活動しやすい『仕組み』を作っていくことだ。」と感じた。お金をはじめ、NPOが必要とするものを得やすい仕組みを作って、それを運用していくこと。それが中間支援の役割ではないか、と。

程なくして、それまでは曖昧だった「NPO法人の会計基準を作る」という動きがあることを知った。この会計の『仕組み』を作るプロセスにどうしても参加したいと考えた中尾さんは「呼ばれてもいないのに、NPO法人会計基準協議会のキックオフに出席するため東京に行きました。まだ税理士ではなかったですし、自分が行っていいものかと考えましたが、勢いで行ってしまいました。」その熱意と現場経験が買われ、中尾さんは専門委員として仲間に入ることができた。全国のNPO会計に携わる人たちとメーリングリストや勉強会を通じてつながりが広がった。こうして2010年7月に公表された「NPO法人会計基準」は中尾さんも委員として参加した内閣府「特定非営利活動法人の会計の明確化に関する研究会」が2011年11月に公表した最終報告書内で「現段階において望ましい会計基準」と位置付けられ、現在では8割以上NPO法人の会計のルールとして導入されることとなった。

仕事が人をつなげていく

中尾さんが「起業の学校」で学んだのもこの時期だった。税理士資格が取れれば、これまでの経験を生かして開業できるはずなのに、起業の学校出身のNPO経営者に誘われて学校の門を叩いた。

中尾さんには忘れられない言葉がある。当時の校長、関戸の言葉だ。「仕事は自分ひとりで抱えるものではない。自分ができないことは得意な人に回して、多くの人と仕事を融通し合うことで経済が循環していく。」当時、士業においては「ワンストップ化」が叫ばれ、どんな案件にも一通り対応できるようにすることがトレンドだったが、それとは全く逆の発想だった。

中尾さんはこの頃にはNPO向けの会計講座を通して知り合った所長が経営する「ナガセ経営会計事務所」に勤務していた。「資格を取ったら開業が当たり前だと思っていましたが、一人でゼロから組織を始めるよりも、すでにある事務所のつながりを活かしていくほうがよりよいサービスを提供できると考え、事務所内でNPO部門を独立させる『企業内起業』をすることにしました。」

実は中尾さんは過去に、NPOの現場を知らないで中間支援だけをすることに危機感を覚え、福祉の現場で働いたこともある。難しい対応を迫られる対人支援の現場で働く福祉専門職の姿には圧倒されたという。「それぞれのNPOには、私にはとても真似できないような素晴らしい仕事をする人たちがいます。社会の課題に直面した時、自分の無力さを悲しまなくてもいい、NPOを丁寧に支援することで活動を継続させるチカラになろう、ワタシにはワタシの役割があるはずだ、と思いを新たにしました。」

一人ではなく、皆で育ちあっていく

できるだけ多くの相談を受けたい、新しい分野で活動するNPOのお話も聞きたいという中尾さん。情報を集めることでニーズに合った『仕組み』を整え続けたいという考えからだ。しかし、中尾さん一人で受けられる相談には限りがある。同時に、活動を始めたばかりの小さなNPOは、税理士に依頼する資金がなく、相談したくてもできない状況がある。

そこで、中尾さんは今年から「一般社団法人SR連携プラットフォーム」「東大手の会」と合同で、NPO事務担当者向けの勉強会を始めた。担当者が会計などをともに学び合い、情報交換をする場だ。「どんな規模のNPOも幅広く支援できる仕組みを作りたい。自分一人ではできないことも、同じ思いを持つ人たちと一緒にじっくりと叶えていけたら。」

「NPOの面白いところは、経済合理性だけでは活動をはかることができないこと。企業であれば、赤字続きの事業は撤退せざるを得ません。けれど、NPO活動は、最初は無償でやっていても、続けるうちにその団体の『理念』や『思い』が社会の変化やニーズと合致することがあり、やがて組織化・事業化され、『仕事』にもなってくることもあります。そして、仕事として専門性を蓄積する人が増えることが、社会課題の解決につながっていきます。」その姿は、ボランティアで自分のできることからスタートし、相談の経験を積みながら、今では各地のNPOから頼られる存在となった中尾さん自身のキャリアとも重なる。

「NPOのスタッフでも、NPOをサポートする税理士でも、自身の職業人としての成長と、生き方がリンクしていく仕事ができる人が増えるといいなと考えています。」

■取材・文/石黒好美(フリーライター)
■写真/河内裕子(写真工房ゆう)
会報誌aile95号(2016年6月号)掲載

中尾 さゆりさん
■事業内容
・税務顧問、税務相談
・NPO法人を始めとする非営利・公益組織の会計、運営実務、助成金・補助金申請等に関する講座及び個別相談
■理念
 自己肯定感の育まれる社会造り、納得のいく意思決定を支援します
■連絡先
<ナガセ経営会計事務所>
 名古屋市中川区尾頭橋二丁目15-9
 電話 052(339)-2111 
<NPO法人ボランタリーネイバーズ>
 名古屋市東区東桜2-18-3
<個人>
 e-mail:sally.nakao@gmail.com
 Blog http://blog.canpan.info/sally_nakao/

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