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会報誌「aile」vol.89

会報aile89号(2013年11月号)

自分自身の生き方を見つけたい

笠井 ヒロ子さん
NPO法人にこり 代表

学生時代は体操に打ち込む。
中京大学体育学部卒業後、結婚、2児の母となる。
次女は知的障がいをもって生まれる。
次女が地域の子どもと過ごす場がないことから、障がいがあってもなくても共に楽しめる場をつくろうと、親子リズム体操教室や水泳教室の活動を始める。

2007年起業の学校に3期生として入学。
2008年NPO法人にこりを設立。
現在は児童福祉法に基づく障害児通所支援事業を中心に事業展開。

「自分自身の生き方を見つけたい。その一心でした」。起業の学校に入学した動機をそう語るのは笠井ヒロ子さん。起業の学校に3期生として入学し、翌年(2008年)、NPO法人にこりを設立した。

それから5年。NPO法人にこりは、愛知県春日井市で、障がいをもった子どもたちの一人ひとりの可能性を見つけ出し、育み、地域社会の一員として生活できることを目標に、児童発達支援(就学・就園前の発達が緩やかな子どもやより丁寧な対応が必要される子どもを対象に療育や発達支援を行う事業)や放課後等デイサービス(障がいを持った子どもが学校終了後や長期休み中に日常生活の基本的動作や知識技能を習得し、集団生活を過ごすことができるようサポートする事業)、スポーツ活動支援などを行っている。

原点は母として感じた想い

笠井さんの次女は知的障がいをもつ。起業の学校卒業時に作成した事業計画書の「はじめに」のところにこんな言葉がある。

“15年前、知的に障害のある子どもの母となった。
知識や情報を得ることが出来ず、人生の歩む先が見えなかった。
誰かに助けてもらいたかった。障害のない子と同じように愛されたいと思った。愛したいと思った。
ノーマライゼーションという考え方が世の中に浸透すればよいと思った。
悲しいかな、後に続く人は必然であると思った。
当事者だからこそできること。何かやらなければと思った。
起業という形で社会から信頼を得ながら、支えあう営みをまちの文化に…”

「今もこの気持ちは変わっていません」と笠井さんは振り返る。もともとは、名古屋で子育てをしていた笠井さん。次女が10歳のころに春日井に転居したことで、子育ての大きな壁に直面したという。「例えばそれまで暮らしていた地域では、障がいのある子どもをもつ母親同士の交流や助け合いがごく自然にあったんですが、なんと言ったらいいのか…、そういう雰囲気じゃなかったんです」。また、次女の学童保育への入所も、障がいを理由に断られたりもした。「仕事もしていたので、学童保育に入れないとなると、夏休みどうしようって。養護学校の担任の先生に相談してみても“みなさん、ご家庭で何とかしているようですよ”と言われ、市役所に相談するとたらい回しにされてしまって…」。
知識や情報を得ることが出来ず、人生の歩む先が見えなかった。
誰かに助けてもらいたかった。障害のない子と同じように愛されたいと思った。愛したいと思った。
ノーマライゼーションという考え方が世の中に浸透すればよいと思った。
悲しいかな、後に続く人は必然であると思った。
当事者だからできること。何かやらなければと思った。
起業という形で社会から信頼を得ながら、支えあう営みをまちの文化に…“

できることから少しずつ社会とつながる

誰かに助けてほしい。でも、誰に助けを求めてよいのかわからない。はじめてだらけの子育ての中で、少しでもいいから情報がほしい。でも、どこにいけばその情報が得られるのかもわからない。そんな不安や悲しみ、いらだちや切なさをどこに向けたらいいのかもわからない。「一番切実に感じたことは、この子がここで生きているということを、誰も知らないんじゃないか、なかったことにされているのではないかということでした」。

そんな中、新聞の記事で、障害児を受け入れた学童保育所の歩みを追ったドキュメンタリー映画の自主上映会があることを知り、出かけていった笠井さん。アンケートに今の想いの丈を記入したところ、地域で障害児を受け入れている学童保育所を運営していた主催者から連絡があり、春日井の地で親身になってくれた人との出会いとなった。

「その方が我が子のためだけの放課後の居場所を作ってくれた。後に市内で初の児童デイサービスとなるわけですが、そんな動きを見ていて、こういう活動に関わるって意外と楽しいって思ったんです。あぁ、こういう風に自分たちで地域に必要なものをつくっていくのか、こういうしくみがもっと広がっていったら、うちの子にももっと地域や社会との接点ができるんじゃないかって」。

そうした活動に参加する中で、笠井さんも自分自身にできることをやってみようと思い立つ。学生時代、体操に打ち込んできたそのスキルを活かして、地域の中で子どもたちが気軽に参加できるスポーツ教室をはじめたのだ。

「障がいのある子もない子も、一緒に参加して楽しむ、というのがコンセプトでした。一緒に接する時間があれば、子どもたちは子どもたちになりに、障がいがある子ができることやできないことを理解してくれるし、世話を焼いてくれる子が現れたりして。我が子が地域の子どもたちと一緒に過ごす時間をつくりたいと思ってやっていました」。そんな取り組みを通して、障がいがある子どもを持つ母たちとの繋がりもでき、任意団体を立ち上げ、座談会や交流会も開催するようになった。

一方で、そうした動きを今後どのような形で将来につなげていったらいいのかと迷ってもいた。「通信教育で福祉の勉強をしたりもしました。必要なものは自分たちでつくるしかないと思いながらも、でも、それが自分にできるかと言ったら自信もない。そんな中で起業の学校に入ったんです」。

「あなたは起業できない」と言われたかった

「起業の学校に入ったら、誰かが“あなたには起業は無理だよ、あきらめなさい”と言ってくれるんじゃないかな~と思った」と笑う笠井さん。一方で、自分自身が切実に“誰かに助けてほしい”と思った記憶がよみがえる。自分がそういう地域で暮らしたいと思うのならば、まず自分が誰かを支えなければ。気づいた者・知った者にはやるべきことをやる責任がある…、でもそれにはどうしたら…?事業を考えるということは、笠井さんにとっては、自分自身の生き方を考えることと同義だったのだ。

「奇特な人が多いですよね、起業の学校って(笑)。考えている事業の内容は違っていても、みんな誰かのためにと頑張ろうとしている。正直、最初は、信じられませんでしたね(笑)」。 起業の学校で学びを深め、仲間と交流を深めたことが、笠井さんにとっては大きな支えになったという。「もしかしたら、一人じゃなければ、仲間がいれば、自分にもできることがあるのかなって思い始めたんです」。

数々のワークを重ね、「地域の福祉力を市民の手で担い、人とまちが共に成長できる地域を創造する」という理念も見つかった。制度事業を核に、まちづくりに取り組む事業計画書も策定した。「でも、正直、卒業する時もやるっていう覚悟は決まってなかったです。でも、地域の仲間たちに事業計画書を見せたら、みんな“NPOとかよくわからないけど、必要なことだと思うし、やりましょうって言ってくれたんです」。

大切な出会いが自分を支えてくれた

そして、5年の月日が過ぎた。笠井さんの次女は21歳になった。「自分の子が小さいときに、こういう場所があったらという想いはあります。でも、自分の子どものライフステージを追って、あれもこれもと手を出すことはやめようと思っています」。人生において、子どもの時期をどのように過ごすかで、そのあとの生活の質が変わるとすれば、今接している子どもたちとしっかり向き合って、常に支援の質を高めていかなければというのが笠井さんの想いだ。「そうすると、必然的に、“次はこれをやらないと”というニーズが見えてきちゃうんですよね」。

自分で自分を褒めることが決して得意ではない笠井さん。「いつも自信はないし、これでいいのかと迷い続けるタイプ」と自己評価する。でも、見えてしまったニーズからは逃げない。そして、愚直に取り組む。その誠実な歩みはそれを支える仲間を育み、地域とともに育つための土壌をつくってきた。

10年前、この地域で不安な子育てをしてきたときには、今の自分の姿は想像もできなかったという笠井さん。「その頃の自分に声をかけるとしたら?」と問うと、「うーん…」とひとしきり悩んだあとこんな答えが返ってきた。

「まぁ、どんな道を選んでも生き辛いよと(笑)。でも、あなたが今から進もうとしている道にはいろんな人がいて、困っている人や弱い立場の人を自分ごととして考えているたくさんの人たちと出会える。それはすごく自分の力になるよ、とても大切なことを知ることができるよって声をかけるかな」。

悩みながら、もがきながら、それでも足を止めずに前に進むこと。その確かな一歩が、人とまちが育ちあうエネルギーになり、未来を少しずつ描いた姿に近付けていくのだろう。

(取材・文/久野美奈子 写真/河内裕子(写真工房ゆう))

《事業概要》

NPO法人にこり

■事業内容

児童発達支援事業、放課後等デイサービス、
スポーツ活動支援事業、まちづくり推進事業、
余暇・文化活動支援事業

■事業理念

地域の福祉力を市民の手で担い、
個人とまちが共に成長できる地域を創造する

■連絡先 

春日井市大手町3丁目16
TEL:0568-27-6412 
FAX:052-27-6413 
HP:http://nicori.ciao.jp/   
メール:nicori2009@gmail.com

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