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会報誌「aile」vol.69

会報aile69号(2009年9月号)

祭り×福祉×まちづくり ~誰もが楽しく笑うしくみをこの街から生み出す~



小田 泰久さん
特定非営利活動法人楽笑 理事長

愛知県蒲郡市三谷町生まれの三谷町育ち。
三谷の街と祭りをこよなく愛する。
姪が障害を持って生まれたことをきっかけに福祉に関心を持ち、専門学校で福祉を学ぶ。
様々な障害者支援事業所で働いた後、2007年NPO法人楽笑を設立。

事業概要


特定非営利活動法人楽笑
〒443-0021 愛知県蒲郡市三谷町魚町通12-1
TEL:0533-69-1169
FAX:0533-67-7156
URL:http://www.rakusho.info/
■事業理念
障害がある方でも、そうでない方も自分の好きな地域で暮らし続け、そして地域の人と共に生きられるような普通の社会の実現を目指し、楽しく笑える街づくりをより多くの人と協働し、活動します。
■事業内容
日中支援サービス(パン工房八兵衛、酒菜屋十兵衛)、ホームヘルプサービス、レスパイトサービス、相談支援サービス
祭り×福祉×まちづくり ~誰もが楽しく笑うしくみをこの街から生み出す~

JR東海道線の三河三谷駅に降り立つと、ふんわりと潮の香りが鼻をくすぐる。5分も歩けば、三河湾だ。漁港があり、魚市場がある。港に近づくと、細い路地に古くからの木造の家や水産加工所が立ち並ぶ。その街の一角に、NPO法人楽笑(らくしょう)はある。理事長・小田泰久さんは30歳。この街をこよなく愛する三谷生まれの三谷育ちだ。

この地域には、古くから「三谷祭り」という祭りがある。豪華な山車4台を、深さ約2メートルの海中に曳き入れ進むという勇壮な祭りを中心にした地域のつながりは、小田さんにも大きな影響を与えているという。

「僕はとにかく引っ込み思案な子どもだったんです。人に興味がないというか(笑)、ゲームや機械を触っているほうが落ち着いた。ただ、子ども心にも祭りに関わっている大人たちのかっこよさには惹かれるものがありました」。

祭りには、子どもから大人まで、様々なかかわり方がある。祭りの中で責任ある役割を任されるようになるのは、地域で認められた証であり、誇りだ。

「しきたりを守る」「上下関係を大切にする」というようなコミュニティのルールが祭りの中では徹底されている。その世界で認められたい、かっこよくなりたい…。そんな想いで小田さんは祭りにのめりこんで行った。

「今、僕がこうして人とちゃんと向かい合って話ができるのも、祭りのおかげだと思います。祭りはいわゆる縦社会なんですが、その中で相手を信じ抜くこと、付き合い続けることの大切さを学びました」。

この祭りがあるこの街に、いつまでも暮らし続けたいという想いがごく自然に育まれていき、地元の高校、短大を卒業し、地元の鉄工所で働くという選択をした。

かわいい姪がこの街で暮らせない!?

そんな小田さんにとって、一つの転機になったのが、姪の誕生だった。姪には生まれながらの重度の障害があった。

「それまで福祉には全く縁がなかったのですが、姪が生まれたことで、ちょっと調べてみたんです。そうしたら、障害を持った人が学んだり通ったりする場所というのは、この地区にはない。障害者は施設に入らないといけないのか、それって何かおかしいんじゃないかと思ったんです」。

ちょうどその頃、近所に住んでいる電動車椅子に乗った男性がまちづくりをはじめるという話を耳にした小田さんは「とにかく福祉を知っていそうな人に聞いてみよう」とその方を訪ね、「福祉というのはまちづくりなんだ」という言葉を聞いた。

「最初はさっぱり意味がわかりませんでした。福祉のことを聞きにきたのにまちづくりって何なんだって(笑)。でも、今僕がやっていることはその方がおっしゃったことそのものなんですよね」。

務めていた鉄工所は、不景気のあおりを受け、週休4日という状況になっていた。小田さんは思い切って勤めを辞め、福祉を学ぶ専門学校に通いながらその男性の手伝いをすることに。福祉の世界で生きていこうと決めてはいたものの、どうしたらいいのかわからないと思っていた頃、半田市のNPO法人ふわり理事長の戸枝陽基氏と出会う。

「ふわりの運営する“喫茶なちゅ”に見学に行ったとき、障害を持った方もいきいきと働いていて、衝撃を受けました」。思わず「なんで障害者も働いているんですか?」と口走っていた。「戸枝さんは呆れながらも、環境さえ整えば障害を持っている人も地域で働きながら暮らすことができるんだということを教えてくれました」。

人に傷つき、人に救われる

専門学校を卒業した小田さんは、ふわりの職員となる。福祉の最先端とも言うべき事業所で、多くの学びがあった。が、思わぬ挫折も味わう。当時小田さんは、すでに地元の祭りの中では、リーダーとして責任ある立場となっていた。

「その経験の中で、人を動かすことには自信があったんです。祭りの世界では、リーダーは絶対だし、その背中を見て周りも自然に育つ。でも、それはどこでも通用するやり方ではなかったんです」。

やってもやっても周りがついてこない焦りと苛立ち。相手を責める気持ちが刃となって自らの心をも切り刻んでいく。1年間でふわりを退職し、姪との約束を果たせない自分を責めながら、街から離れた重度身体障害者の施設で働く日々が続いた。

再び転機となったのは、その施設に戸枝氏が講演会にやってきたこと。再会した戸枝さんから「本当にやりたいことは何だったのか」と問われた小田さんは、悩んだ末、やはり自分の街で本当にやりたいことをやろうと立ち上がる。

まずは手始めに、祭りの先輩達に自分の構想を披露した。障害者が働ける場所をつくりたい、障害者が暮らせる街にしたい・・・。小田さんは熱く語った。

いいことだ、と賛成してくれるに違いないという目算は、みごとに打ち砕かれた。

「消極的、批判的な意見が多かったんです。なぜわかってくれないのかと相当凹みました。でも、まちづくりではまず地域のニーズを調べるのが大事だと学んだことを思い出して、そこからはじめてみようと思いなおしたんです」。

そこで、ひとまず自分のプランは脇においておき、「この街のためには、どんなことをやったらいいのでしょうか」と投げかけた。すると「障害者が働きたいのもわかるけど、うちの奥さんだって仕事を探してるんだ」「昔みたいに子どもが遊べる場所がなくなったよね」「子どもが買い物の練習できる駄菓子屋があるといいのに」などの声がでてきた。そういうニーズを満たす場所として自らのプランを語り始めると、次第にみんなの反応が変わってきたという。

「じゃぁ、それ、やってみるか!って。一緒につくっていく機運が出てきたんです」。

商売とは多様なつながりを生み出すこと

折りしも自立支援法の改正により、NPO法人でも授産施設の運営をすることができるようになった。

「やっぱり、商売がいいな、と。商売っていうのは多様な人とつながることができますよね」。

2007年2月に法人設立し、5月に駄菓子屋併設のパン工房八兵衛をオープン。地域の主婦と障害をもった方が一緒に働く場をスタートさせた。主婦の商品開発力を活かし、60種類以上のパンはどれも好評だ。

2008年10月には、地元の干物を中心に扱う酒菜屋十兵衛もオープン。地元の水産物を使い、地域の高齢者の雇用も生み出すプランに自信はあった。が、地域の協力を得るにはいくつかの壁があった。地元には他にも水産加工業を生業としているところがいくつもある。障害者の就労支援の場として補助金をもらう楽笑が干物販売に乗り出すことに「フェアじゃない」という声があがったのだ。地元業者と競争相手にならずに協力しあっていくにはどうしたらいいのか。手探りしながらひとつひとつ課題を解決していった。

「パン工房が上手くいったことで、僕も調子に乗っていたのかもしれません。まちづくりなんて簡単じゃんって思った瞬間もあったのですが、それは、砂場の山の上で頂上制覇した!って叫ぶ子どもと一緒で(笑)。そんな自分の慢心に気づかせてもらういい機会になりました」。

現在は、地元の業者さんとも仕入れなどで協力しながら、飲食店、スーパーなどとも取引があり、地元の保育園ではおやつに採用されているという。

干物の加工・販売においても、地元の方と障害を持った方がともに働いている。

「地元のお母さんたちは、垣根なしに障害を持った方にもできそうな仕事は振っていく。それから叱り方が上手い(笑)。福祉の専門家だけでは見つけられなかった可能性がどんどん広がるのを感じています」。

覚悟からはじまる物語

小田さんは、自らを「何にもしていない理事長」と評す。

「優秀なスタッフが多くて、現場は彼女達が常に回してくれています。周りの人もそれはよくわかっているみたいで僕には誰も具体的なことは聞いてこないんです(笑)」。

「でも」と小田さんは続ける。

「生まれ育った街で事業を立ち上げることを決めたときから、最後まで必ず責任を取り続けるという覚悟はあります」。

小田さんは、代々水産加工業を営む家の息子でもある。

「僕が今こうしていられるのも、地域で信頼関係をつくってきた父や祖父がいたからこそ。だから、絶対に逃げ出すわけにはいかないんです」。

「実は昔からヒーローになりたいって思ってるんです」と笑う小田さん。
小田さんには、これからも新しい夢がいくつも生まれ、その度につまづき、傷つき、もがくに違いない。けれど、逃げない覚悟と人とつながり続ける意思がある限り、その経験すら自らの糧となる。多くの物語でヒーローは、ヒーローとして生まれるのではなく、幾多の困難を乗り越えることを通してヒーローに“なっていく”。

小田さんの物語は、これからも、紡がれていく。沢山の地域の宝物と人々の笑顔に彩られながら。

取材・文/久野美奈子 写真/河内裕子(写真工房ゆう)

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