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会報誌「aile」vol.62

会報aile62号(2008年7月号)

Win-Winの可能性をさぐる-みんなの気持ちを大切にする合意形成-



水谷 香織さん
パブリック・ハーツ株式会社
代表取締役兼ファシリテーター

土木計画、交通計画を専門とし、2003年3月岐阜大学大学院工学研究科博士後期課程修了、学位(博士(工学))取得。同年4月、「参画型公共事業計画の理論と実践」をテーマに日本学術振興会特別研究員に就任。岐阜市、名古屋市、松本市にて行政委員として市民参加事業を推進。2006年6月に、研究成果を社会化するべくパブリック・ハーツ株式会社を設立。社会の合意形成を支援するNPO「特定非営利活動法人PI-Forum」理事。

事業概要


パブリック・ハーツ株式会社
〒454-0012 名古屋市中川区尾頭橋四丁目13番7号nabi/金山505D
Tel/Fax:052-332-7350
E-mail:info@publichearts.com
URL:http://www.publichearts.com/
■事業理念
みんなの気持ちを大切にしたい
■事業内容
道路や川の整備をはじめとする公共事業への市民参加や社会的な合意形成をコミュニケーションの観点から支援します。
○社会的合意形成の支援
○参加協働型プロジェクトの企画実施
○市民参加に携わる実務者向けコミュニケーション技術研修
○社会的コミュニケーションに関する調査研究
Win-Winの可能性をさぐる-みんなの気持ちを大切にする合意形成-

それは社会に“一筋の光”を見出す職業のように思う。争いから穏やかな対話を紡ぐ第3者の存在。それが今回の主人公パブリック・ハーツ株式会社の水谷香織さんだ。
ダム建設や道路整備をはじめとする大規模な公共事業を進めるとき、よくマスコミにも取り上げられる、賛成・反対運動。そこでは、実質的な利害が対立する人や、互いに不信感を抱く人たちが、時には感情的にぶつかりあい傷つけあう。しかし、そうならないように構想段階から利害関係者に参画を呼びかけ、みんなが心から「いいですよ」と言えるようにコミュニケーションを図っていく手法がある。それが合意形成だ。水谷さんは自らを合意形成屋と称する。

「これまでの公共事業は、行政内部で詳細な検討がなされ、いろいろなことがほぼ固まってから住民に伝えられることが多かったんです。ご理解くださいと。そうすると、びっくりしません? なぜもっと早く大きな影響を受ける私たちに相談してくれないのか、等々。私の役目は、そういった現場で、本当に話し合うべきことを話し合えるようにお手伝いをすること。また、はじめからそのような状況に陥らないよう、事前に第3者として関係者の意見をお聴きし、それを踏まえた計画作りを支援すること。結果的には、その方が時間もコストも抑えられ、みんな満足、少なくとも納得することが多いんです」。

大学人ではなく、起業家になる!

“みんなの気持ちを大切にする社会づくり”を目指すパブリック・ハーツはどのようにして生まれたのか。それは水谷さんのこれまでを振り返れば見えてくる。当時高校生だった水谷さんは、テレビのニュースで長良川河口堰建設についてもめていることを知った。高校生ながら「建設が決定する前になぜ合意をしていないんだろう?」と疑問に思ったと言う。

大学では工学部土木工学科へ進み、3年生のときに市民参加型の土木計画の存在を知った。そこから今のような「住民・行政・企業・大学の潤滑油になりたい!」という意識が生まれたそうだ。けれどそんな仕事を日本で探してみても、一向に見つからない。大学生活を続けながら5年間めげずに想いを発信し続けた結果、大学院の博士後期課程2年生のときにある出会いに恵まれた。まだ法人として立ち上がる前のNPO法人PI-Forumだった。現在、社会の合意形成を支援する専門家集団として活躍するPI-Forumは、日本の合意形成分野で第一線を走るメンバーで構成されている。水谷さんは、今まで見つけることができなかった素晴らしい先輩方を目の前にし、「このメンバーの活動をもってさえ合意形成という手法が日本で普及し根付かなかったとしたら、きっと誰にもできないだろう」と思った。最初についた役割は事務局。

「当時、仕事の順位付けすらまともにできない私が、お茶汲みから、8つのプロジェクトマネジメントまでを担っていました。混沌とするNPO草創期の事務局仕事を通じて、皆さんにたくさん迷惑をかけながら、裏方の大変さや重要性を学びました。組織内部の合意形成の難しさを学んだのもこの時期です。今から思えば、自分の起業の練習もさせていただいていたんだと思います」

博士課程を修了した後、市民参加型の公共事業計画についての理論構築と実践を目指し、3年間研究員の道を進むこととなる。ちょうどその頃は“大学発ベンチャー”に注目が集まり始めたときだった。「自分で自分が働く場を創ることもありかな」となんとなく思っていた水谷さんは、大学発ベンチャーについて、アメリカのマサチューセッツ工科大学へ2週間勉強に行く。そこでは、アーリーステージの起業支援を行なう投資家との交流やネットワーキングの現場を通じて、アントレプレナーシップ(起業家精神)というものを体感した。

「あ、これこれ!と妙にしっくりきました。自分のビジネスプランを作るグループワークもあったんです。そこで出てきた会社名が“パブリックハート”。そしたらその名前を聞いた投資家の方が、一市民の顔になって、いいね!って言ってくださって」。

そのような経験を積み重ね、研究員3年目になる頃には本格的な事業計画書を作るようになっていた。

社会の潤滑油となるパブリック・ハーツへ

今年で設立から3年目を迎えるパブリック・ハーツの事業には3本の柱がある。

一つ目は、先ほどのような公的な課題に対して利害対立が生じる(可能性がある)ときに介入する“社会的な合意形成支援事業”と、利害対立が生じないような場での“参加協働型の場づくり支援事業”。

二つ目は、合意形成をベースにしたコミュニケーションの研修事業。三つ目は社会的なコミュニケーションの調査研究事業だ。特に二つ目の研修事業では、起業支援ネットとの協働の場面も多い。会議の手法から地域社会との合意形成まで、幅広い知識や技術を提供し続ける水谷さんの研修の受講生は行政職員から、建設コンサルタント、NPO関係者、学生と多岐に渡る。分野別に見てみても、土木、福祉、コミュニティビジネス、教育、科学技術、外国人支援、防災など多様な場面からニーズを感じているそうだ。

また、三つ目の調査研究事業では、国の都市計画制度の見直しや、幾つかの大学の社会実験に携わっている。パブリック・ハーツは確実に社会の潤滑油となるための道を歩んでいる。

もめごとは、未来を築く可能性

水谷さんに起業してから変化したことを伺ってみた。「結果や効果がすぐに出るという点は研究者だった頃とは明らかに違います。結果を出さなければ、次のお仕事にはつながりません。その代わり、効果を実感してもらえたときの役立ち感はとても大きいですね」。水谷さんは研究者の道ではなく、あくまで現場支援の道を選んだ。「みなさんが人生をかけている問題だからこそ、私も人生をかけて向き合うべきだと思ったんです」。そう話す水谷さんは、利害対立の現場には未来を築く大きな可能性が秘められていると言う。「もめているということは、互いに何か強い関心ごとを持っている、ということだと思うんです。その関心ごとを全て満たすような解決策を見出すことができたら、個々人にとっても社会にとっても、もっともっとハッピーになるんじゃないかと思って。その可能性にワクワクするんです」

その根源には想いを超えたものがある。「弱い立場の人が権力によって何かを強いられることに、強い拒否感を持つんです。母が熊本の天草出身でしてね、私には半分天草の血が流れているんです。3年前に天草の博物館へ行くことがあって、隠れキリシタンの生活風景を再現した展示を見ました。そのとき、なぜだか涙が止まらなくて。想いというより、血と育ちによるものが大きいかもしれませんね」。

社会に昇華する会社にしたい

最後に、これからのパブリック・ハーツの課題について伺った。

「起業してからは、ニーズベースの考え方をするようになりました。大学にいたころは、“あるべき論”を掲げ、なぜ私が今の社会に合わせないといけないのか、それは軽薄なことではないのかって思っていました(笑)。これからは、合意形成を本当に必要としている市民や行政、企業の方々に、ビジネス的にも問題が無い形で、合意形成支援や人材育成をしていきたいと思っています。最終的なゴールは、パブリック・ハーツの理念や技術が社会に昇華して、パブリック・ハーツの必要性が無くなること。つまり会社がなくなることです。そのときには、きっとまた新しい楽しいことを見つけていると思うから」。

水谷さんの笑顔は穏やかなやさしさにあふれている。場を温かく包み込むその雰囲気は、不思議と周りの人たちの笑顔も生み出す。そんなパワーが水谷さんの中にはある。
今から2年前、ちょうど水谷さんが起業するとき、パブリック・ハーツの事業コンセプトを作るワークに参加させてもらった。そこで出た問い「パブリック・ハーツに関して将来どのようなうわさが流されていてほしいか?」に対する答えの一つ、「パブリック・ハーツは、いずれ戦争を止めるらしい」。それが今も私の中のパブリック・ハーツ像として鮮明に生き続けている。
光を見出すための着実な実践が、そこにはある。

取材・文/伊東かおり 写真/河内裕子(写真工房ゆう)

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